私、逢阪まさよしは、現在横浜に住んでいる。
とは言っても、そんなにコアな場所ではないので、あまり横浜に暮らしているという実感がないのが現状で、しかも休日にはほとんど都内に出ているという有様で、実は横浜のことはそれほど詳しくはない。
東京や大阪とは違い、横浜というのは、幕末時代にペルリ提督率いる黒船が浦賀にやってきたころに、無理矢理アメリカの圧力で開かれた街であるというのが、なんとも特徴的である。
あの有名な横須賀米軍基地があったり、厚木、座間、根岸住宅...数えればきりがない、神奈川県内の米軍関連施設の数々。ある意味、特異な土地である。
そんな横浜のコアな街は、なんといっても「黄金町」の存在である。
まずはWikipediaにある「黄金町」の項目を見ていただきたい。
京浜急行電鉄(以下京急線)黄金町駅付近一帯は1945年の横浜大空襲で壊滅し、戦後は ヒロポンの密売所と非合法の特殊飲食店街(いわゆる青線地帯)に様変わりした。(中略)
黄金町の特殊飲食店街は1958年の売春防止法施行後も相当な規模で存在し続けた。2000年頃までは京急線の高架下とその周辺で、高架下から排除された後は高架の周辺で「ちょんの間」と呼ばれる三畳ほどの小さな部屋で売春行為が行われていた(娼婦の多くは中国や東南アジア、中米出身の女性だった)。
横浜で最もヤバイと言われる黄金町界隈。
これを見ずして、横浜市民であるとは自慢できない。
みなとみらいや山下公園、ベイブリッジ等、お洒落なイメージで横浜を自慢するのは、甘い。
そんな上辺だけの横浜を見て、横浜を知った気になっている奴はスイーツ脳である。
「ヨコハマ」はそんなにヤワな街ではない。
京急線の各駅停車で横浜駅からわずか3つ目、黄金町の駅を降りる。
目の前が「ちょんの間」だ。
京急線の高架下両脇の道沿いに、今でも「ちょんの間」は軒を連ねている。
のっけからこんな看板が立っているというところが凄い。
「売春飲食店を撲滅し、明るく住み良い街に!」
こんなにはっきり書かれちゃったら爽快感すら覚える。
しかし、当の売春飲食店は...
軒並み店を畳んでいるではないか。
ひっそり静まり返る高架下の裏通り。そこは今でも饐えた臭いが漂う横浜の裏の顔。
しかし街は死んでいる。
高架下の一本南の道、大岡川沿いに並ぶ奇妙な2階建て(もしくは3階建て)の長屋。
どの店も、赤いテント屋根と狭い間口、上階にはカーテンを閉めた部屋、といった間取りで統一されている。
これが横浜黄金町の「ちょんの間」。
どれも似たような名前のスナックだが、飲食店とは名ばかりの、違法風俗店...だった。
だが、現在は全て営業していない模様。
それもそのはず、黄金町の違法風俗地帯は、2005年に神奈川県警による大規模な摘発があり、実質壊滅状態に追いやられていたのだ。
名目は2009年の「横浜開港150周年」に向けての環境浄化。
京急線の高架下には今も生々しくエイズ予防を訴える看板がどでかくそびえている。横浜の闇の歴史をひきずるような、この黄金町の存在を語るに相応しい看板だ。
ただ、その主役だった「ちょんの間」は警察に壊滅させられ、黄金町は死んでいた。
ちょうど、この看板の向かいの高架下が、神奈川県警の臨時派出所になっています。
いつ来ても、警官が辺りを見張っていて、商売どころではないようです。
現在は、空き家となった「ちょんの間」に普通の飲食店やバーが進出してきており、少しずつではあるが、フツーの街として歩みだそうとしているようだ。
おまんま食い上げとなった外国人売春婦は、隣の日ノ出町駅から大岡川を挟んだ向かいの、福富町周辺にたむろしていると言われている。
日が暮れても、黄金町の風俗街に明かりが灯る事はなかった。
かつて横浜の街に住む人間であれば誰もが知っていた、白塗りの厚化粧をした、「メリーさん」と呼ばれる老娼婦がいた。この女性の半生を追ったドキュメンタリー映画「ヨコハマメリー」という作品がある。
横浜のDEEPを語るには、外せない映画である。
先日、黄金町の映画館「ジャック&ベティ」にて「横浜黄金町映画祭」があり、ヨコハマメリーが上映されたのだが、惜しくも見逃してしまった。
メリーは2005年に郷里にて息を引き取ったと言われているが、黄金町ちょんの間の壊滅とほぼ同時期だったのは、何の因果か。
出来る事なら、往時の黄金町の風景が見たかった。
どこの街からも、人の匂いが消えていくような気がしてならないのだ。
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