皆様、明けましておめでとうございます。逢阪です。
昨年2008年はあまり思うようにサイトの更新を出来ずにいましたが、今年もぼちぼちやります。
「大阪DEEP案内」同様、「東京DEEP案内」も、ご愛顧宜しくお願い申し上げます。
さて、昨年2008年は後半にみぞゆうの(←なぜか変換できない)大不況とやらに突入して全国各地で非正規雇用労働者が職を奪われ、「派遣切り」という言葉がメディアを通じて蜘蛛の子を撒き散らし、社員寮を追い出された流浪の民がいつアキバの修羅こと量産型加藤になるやも知れぬ危機的な雇用状況だ。
そんな中で日本の中枢も中枢、東京の千代田区の皇居から目と鼻の先にある日比谷公園の一角に突如として「年越し派遣村」なる期間限定ゲットーが登場し、華々しくメディアに紹介された。
これは、2008年12月31日より2009年1月5日までのわずか6日間だけだが、年末年始で街角の店も閉まるわ、実家に帰る金もなく己の食う身銭までも失った「派遣労働者」を対象に、炊き出しをメインとした衣食住の面倒を全てタダで見てやるという、労働団体を主としたボランティアが日比谷公園の一角を西成釜ヶ崎の三角公園よろしく、臨時の救護センターとして機能させるものである。
その模様は連日テレビやインターネットのニュースを賑わし、2ちゃんねるあたりでも随分と注目度が高い。
「派遣村」という、どこか自虐感漂うネーミングも気になっていて、どうも仕方が無かったので、見に行ってきました。寸胴鍋と握り飯、そして味噌汁のイラストが哀愁を漂わせる。
「年越し派遣村」は日比谷公園の西側、野外音楽堂前から松本楼のあたりまでに「開村」されている。3日の昼間に見に来たが、支援を受ける側も施す側も凄まじい人の数だ。既にこの時点で釜ヶ崎あたりの炊き出しとはスケールも全然違う。
日比谷公園の最大瞬間風速は「西成」を超えていたのだ。
野音の前が野戦場。労働団体の旗も随分目立つ。支援センターには労働者の相談窓口や、医療支援、炊き出し係などが集中する。そろそろ昼なので炊き出しの準備が進んでいて、味噌汁の温かい香りが公園中を包んでいるのだ。
それを待つ「派遣労働者」とやらの行列は軽く500人はいるんじゃないだろうかという大行列。もはやソ連もびっくりだぜ。
しかしよくよく見ると行列を組んでいる「派遣」の平均年齢がやたら高い事に気が付く。少し不自然に感じたのだが。そもそも純粋な派遣労働者だけの行列ならば中心年齢は3~40代。どう見ても定年過ぎたような爺さんもちらほらいるぞ。
これを見て私は2007年の世界陸上開催における長居公園ホームレス追い出し騒動を思い出したのだが、左派プロ市民系イベントには往々にして「仲間」による応援動員が掛けられる。長居公園にわざわざ名古屋や東京のホームレスが大挙して押し寄せてきている奇怪な風景が頭にこびりつく。
やっぱり、西成や山谷あたりからプロホームレスや労働者が「召集」されているのかも知れませんな。
マクドのサクラバーガーの行列よろしく、テレビ映りを気にするプロ市民がよく使う手ではある。
4日現在で「派遣村」の住人は500人居ると言われている。
連日のマスコミ報道もあり、マジモンの「派遣労働者」が集まってきているようだ。派遣切りに遭って生活が困窮する人々は東京よりも地方が多いと言われているが、なんのことはない。東京も地方だ。工場の多い大田区やら江東区やら江戸川区、足立区あたりにも「派遣村」は存在するからだ。
そんなこんなで支援者が用意したテントも3日の時点で50張り。隣接する霞ヶ関の官庁街にある講堂が集まり続ける「派遣」臨時宿泊所として開放されているがそれでももたない。
そのタイムリミットは、仕事始めの明日5日、午前9時。
その時に日本の中枢で何が起こるのか、面白い事になりそうだけど、私は、2ちゃんやブログなどインターネット上で言われているような物騒なクーデターや深刻な騒乱に至る事はないだろうと思う。
どうせ出来レースのプロ市民祭りでドンチャン騒ぎがあるだけで終わるだろう。プロ市民だって彼ら「派遣」なる生活弱者を「飯の種」に使いたいだけなのに、そんな無茶な事はやらんだろうし。そうやって戦後日本の「平和ボケ主義」は貫かれてきたのだから。
ともかく明日の日比谷公園に注目。
※とりあえず、5日以降も近隣の廃校になった学校校舎などを臨時宿泊所として提供するそうな。午前9時半より「村民大移動式」があるそうです。





コメントする