またしても貧乏人の血が騒ぐ。東京最強DEEPゾーンを極めようとこの界隈を訪れるようになってから随分年月が過ぎた。
浅草から千束通りを過ぎて吉原を通り、山谷のドヤ街をうろつき回ってから南千住の駅に辿り着く散歩コースが定番となっている。結構写真が溜まってきたのでそろそろ放出しようかと。
吉原のソープランド街を抜けると見える山谷地区唯一のアーケードつき商店街「いろは会ショップメイト」は相変わらずな寂れっぷりを見せている。昼間っから呑んだくれホームレスが酒盛りしていたり地面に寝そべっているカオスな商店街。
ちょうどこの商店街の反対側の出口、泪橋交差点から入るとほとんどゴーストタウン同然かと思うような佇まいを見せているがこちら側は普通に惣菜の店もあって割と庶民的。
西成も同様だが貧民街にはホルモン焼の店が似合う。本来ホルモン焼と呼ぶのは関西だが、もしかするとここの店主は大阪出身じゃないだろうかと勘繰る。店の名前も千成ひょうたん(大阪府章)の「千成」だし。
いつ来ても半分以上の店がシャッターを閉めたままになっている。寂しい街やねん。
「いろは会」のアーケードを抜けて左に曲がると山谷の中心「(財)城北労働・福祉センター」の建物が現れる。同じ意味合いを持つ西成釜ヶ崎のあいりんセンターと比べるとどうしても規模は見劣りする。敷地内にホームレスがどっしり腰を下ろしてくつろいでいる風景は変わらない。水道の蛇口をひねって頭を洗ってる上半身裸のオッサンもいたりしてなかなかフリーダムな光景だ。
そして西成同様、センターの建物周囲にドヤが立ち並ぶのだが、2階建て木造家屋のいわゆる「民宿」のような佇まいの簡易宿泊所が目立つ。したがってホームレス人口密度は西成よりも全然少ない。
ふとセンターの片隅に何やら物々しい看板が立っていることに気が付いた。
それは想像するまでもなく山谷を本拠地にする左翼労働プロ市民の皆様方によるアジビラだった。すっかり娑婆では絶滅してしまったかのような赤い過激派の皆さんの活動は山谷や西成では平成の世になろうとも日常茶飯事。彼らの論理構造は常にブルジョアジーに搾取されるプロレタリアートの階級闘争であり被支配階級であるホームレスのみんなは共闘する「なかま」なのだ。
過激派さんのアジビラはまだまだ続く。個人の名前を出して「西成警察のスパイだ」などと書かれていてビックリした(笑)このビラは西成釜ヶ崎の労働プロ市民団体によるもの。つまり釜ヶ崎と山谷のプロ市民が「連帯」しているわけだ。
赤軍だの成田闘争だのといった左翼が若々しかった時代は遠の昔、プロ市民のメッカである関西と関東の二大ホームレスタウンはどちらも高齢者の街、福祉の街に姿を変えている。活動家も同様に高齢化が著しい。
いろは会商店街を抜けた先には「浅草警察署日本堤交番」。プロ市民や893やらホームレスやらアブノーマルな人種が集まる特殊地区山谷の事情を鑑みて、交番と名の付く割には4階建てで異様に建物がでかい。それゆえ「マンモス交番」と呼ばれている。
「マンモス交番」から道路を挟んで斜向かいには常に労働者のオッサンが路上で飲み食いしている小さな居酒屋が一軒ある。
その居酒屋が入る建物の2階の窓が時折香ばしい。
共産党のポスターとともに手書きで書かれているセリフ
「タノム ユメと キボウ」
建物の横手を見るとさらに手書きで書かれた共産党応援メッセージが窓にベタベタと張られていて強力なインパクトを放つ。ガンバレGOGOイケイケ。まるで昭和の亡霊に取り付かれたままの山谷の日常風景でした。





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