関東では街中に堂々と「ソープランド」と書かれた看板を掲げている店があって慣れない関西人にとっては少しカルチャーショックを受けるのだが、一方で「ちょんの間」と呼ばれる違法風俗店もある。売春防止法適用後の日本でもこっそりと「昔の伝統」を残し続けられている場所があった。
得に神奈川県内においては代表的存在である横浜黄金町をはじめとして川崎堀之内、川崎南町、横須賀安浦、町田駅南口(実は神奈川県)の「田んぼ」など数ヶ所あったようだが、どれも神奈川県警の取り締まり強化によって見事に壊滅してしまっている。
しかしそれでも川崎堀之内に限っては「ちょんの間」がしぶとく生き残っているというニュース記事を見て、現在どうなっているのか様子を見に行こうと思っていたのだ。
堀之内はその手のマニアならば言わずと知れた川崎を代表するソープランド街。
京急川崎駅から北東の六郷橋方向に徒歩5分程度で現れる堀之内町の区画は殆どが風俗店に占領されていて強烈な異様さを放つ。関東では吉原に次ぐ規模の風俗街である。
「稲毛通り」と書かれたメインストリート一帯に「合法」のソープ店がおよそ50店舗、違法店を含めると詳細は不明だが、行けばとにかく店がぎっしりとひしめいているので分かるだろう。
堀之内の街は昼間でも人通りが少ない。したがって少し歩き回るだけでも至る所に立つソープランドの客引きにマークされ、次々と声を掛けられてしまう。
駅方向から来た場合、この先に川崎競馬場などのオヤジの楽園があり、ギャンブル帰りの客を当て込んだ都合のよい立地になっているのが分かる。
ネオンサインのギラギラ輝くソープ店とは対照的に、地味なプレハブ2階建てで飲食店の様な佇まいを見せている店が違法風俗の「ちょんの間」である。
警察の取り締まりが厳しい現在でも夜になるとピンク色の怪しげな明かりをつけて男の客を待ち受けているそうだが、壊滅は時間の問題だとも言われている。
一方で堀之内町界隈では風俗店の廃墟も目立つ。取締りが厳しいという理由でソープランドを辞めて本番行為なしのヘルスに業態変更する店があるなど変化の兆しもあると言われている。
しまいにはソフトSMと表記されたファッションヘルスの廃墟まで放置状態にされている。急に業態変更してうまく行くわけもなさそうでことごとく失敗しまくっているようだ。
いずれは西川口や横浜黄金町のように廃墟の街と化すのだろうか。
堀之内町の風俗街に隣接した場末的スナック街がある。
スナック街はアパートになった木造家屋の1階に並んでいた。住人なのかスナックの経営者なのか知らないが通路の奥に人が入って行った。
今では面影は全くないが、堀之内はかつて江戸時代から宿場町の売春街としての歴史を持っていたそうだ。
戦後は赤線、売春防止法施行後は飛田と同じように「小料理屋」の名目で細々と続けられていたものの、2005年に黄金町のちょんの間が一斉摘発されるなど取り締まりが強化されたのを機に堀之内の「料理組合」も自主解散。その時に違法風俗店はほぼ消滅したと言われている。
しかしその後も水面下では違法風俗の存在が後を絶たず、相変わらず外国人売春婦が夜な夜な客引きする姿が見られ、2009年になって堀之内にも警察の一斉摘発が入り売春婦と元締め双方で大量の逮捕者が出ている(→詳細)
川崎が神奈川の朝鮮だというのはよく知られているが、堀之内で捕まる外国人売春婦の9割以上が韓国人であり、韓国のネット求人を見て「日本に来たら儲かるニダよ」などと甘言に惹かれ出稼ぎに来ていたということが記事になっている(→詳細)
どうやら神奈川県警は2009年中に堀之内の違法風俗を撲滅させる計画を立てているらしい。関東から「ちょんの間」はマジで消えてしまう事になりそうである。
横浜黄金町と同様、間口の狭い玄関の2階建ての長屋がかつての時代を偲ばせる。黄金町のちょんの間はカフェバーになったりアートスペースになったり、はたまた外国人が住むアパートになったり、少しずつ変化を見せているようだが、堀之内のちょんの間も同じように変わっていくのだろうか?
「明るく住みよい町づくりは市民の手で!」
空しく響くスローガン看板も塗装が禿げ上がってどこぞの県議会議員経験者の名前が丸出しになっていてとっても恥ずかしいのね。柏木さんって誰だ?!
参考記事
違法売春宿VS警察、実録「川崎・堀之内の攻防」 歓楽街消滅までカウントダウン
【国内】「9割以上が韓国人だった」...堀之内地区の売春店舗の摘発強化(川崎)





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