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東京DEEP案内的・銀座の裏側 (3) 三原橋地下街

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ひたすら華やかなイメージしか湧かない銀座の中でも最も銀座らしくない存在、それが「三原橋センター」と呼ばれる古いビルである。

銀座駅から歌舞伎座方面に晴海通りを歩くと途中で現れる映画館「シネパトス」の看板が目に付くはず。これが三原橋センターである。戦後間近の昭和27(1952)年に建てられたもので、見た目にも相当古さが際立つ。
その近くには三原橋交差点があり、地下鉄東銀座駅が近い。



この建物を晴海通り側から見ると、2階建ての1階が通りに面した商店となっていて、2階には居酒屋の「傳八」が入っている。

しかし変わっているのが晴海通りを挟んだ反対側にも同じ2階建ての建物が存在しているということ。それぞれの建物裏側の階段から地下をくぐり抜けて晴海通りを行き来する事ができるようになっている。

この地下には映画館の他、理容室や飲食店が数店舗入居している。知られざる銀座の地下街「三原橋地下街」なのだ。

北側からその階段を降りて行くと、途端に空気が昭和そのものの湿っぽさに変わる。その先には成人向け映画館があった。しかも愛染恭子特集。それを食い入るように見つめる数人のオヤジ。

シネパトスで上映している映画も、北朝鮮ネタだったりと扱っているテーマがマイナーでサブカル臭がする。シネパトス1・2・3。こんな地下道の空間にスクリーンが3つもあるのか。

晴海通りの地下を通り抜ける通路。こんな場所にまさか地下街があるとはあまり知られていないせいか、人通りも少なく、そしてオッサン率が高い。新橋にでも居るものと勘違いしそうになる。

映画館に向かい合うように並ぶ地下飲食店群。物凄く所帯染みた風貌だ。

残念ながら昼間訪れたので店が開いていなかったが、どれも新橋の地下にありそうなジャンルのオヤジの溜まり場ゾーンで統一されている。これも銀座の一風景なのだ。

地下街の南端にある床屋もすこぶるレトロ。明らかに中年以上の世代にしか利用されてなさそうな外観は他の飲食店と共通している。

改めて地下街を一望する。かつてはこの空間に三十間堀川が流れていた。しかし戦災で銀座の街が壊滅した後、その瓦礫を処分するために堀を埋め立てた。
この地下街は実は埋め立てられた川の一部分のスペースを利用したものなのだ。その証拠に注意深く天井を見ると三原橋の橋桁が見える部分がある。厳密には三原橋という地名だけが残っているのではなく、現存する「三原橋」の下に地下街が存在しているのである。
さらに地下街の直下には地下鉄日比谷線銀座駅と東銀座駅の間を結ぶ通路が存在していて、三原橋地下街を避けるように通っている。
建てられた時期が戦後間近ということもあって、地下街に商店を入居させるに至ったのも戦後特有の事情で闇市の露店を整理する為であったと言われる。当初は三原橋観光館という名称で、日本で二番目に古い地下街が生まれたのだ。また、日本最初の道路占用施設でもある。

階段を上がって晴海通りの南側へ。束の間のタイムスリップだった。
参考記事
地下鉄日比谷線の上に謎の映画館!?

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東京DEEP案内の管理人です。2008年の開設以来、首都圏一都三県の街歩き情報を淡々と記録し続けております。いわゆる日陰者的物件、観光地にもならない場所、ちょっとアレな地域を見物・考察する事を趣味としております。2017年6月15日、単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を発売。
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