東京の空の玄関口、羽田空港の足元は都内とは思えぬ鄙びた漁村だった!「羽田」界隈を歩く 

大田区

羽田空港は東京への空の玄関口として沢山の利用者がいる一方で、空港がある羽田そのものがどんな街なのかという事はあまり知られていない。空港が出来る前は東京髄一の漁場で、遠浅の干拓地が広がり、昔から漁業が盛んだったという場所だ。

多摩川下流に位置する産業道路に掛かる大師橋。神奈川県側から羽田や都内各所へのアプローチとなる一般道路である。対岸には漁師町の風情を留める羽田漁港がある。

大師橋はその名の通り、都内と川崎大師を結ぶ橋として1939年に建造された。1997年に老朽化で架け替えられたため現在の橋は2代目でまだ目新しい。東側には首都高横羽線が走っている。

川崎側の橋のたもとには初代大師橋の一部分が記念に残されている。

大師橋から多摩川の河川敷を見ると、夥しい数のホームレス小屋が掛かっているのが見える。多摩川は河原ホームレスの首都とも言える川で、おおよそ千人近く住んでいるのではないかという話もある。

目新しい橋の上も開放的な広い歩道がホームレスの住みかになっているようで、衣服や雑誌、それになぜか食器類までもが置かれていて生活の臭いすら感じる。

ホームレスが住み着く場所には自然と野良猫も集まるもの。コンビニ弁当の食べかすを食べようとする野良のシャム猫。前はどこかで飼われていたのだろうか。

ホームレスのオッサン以外は殆ど人通りがない。大師橋は多摩川を渡る橋の中でも歩行者が通れる最も下流にある橋だ。ここから都県境をまたいで東京都に入る。

多摩川に沿って広がる住宅地は一様に都会っぽさがない。東京全体から見れば羽田は端の端、最果てのような場所である。まるで見捨てられたかのような街並みだ。

橋を渡りきった先は大田区羽田となる。工業地帯一色の川崎とは異なり、まるで地方の鄙びた漁村がそのまんま残っているかのような風情がある。

都内に入ったからと言っても何一つ景色が派手になるようなこともない。微妙な雰囲気だ。

多摩川から水門を隔てて漁船などが係留されているスペースがある。ここからが羽田漁港だ。現在も釣り船屋が多く、一部では昔からのアナゴ漁を続けている世帯も残っている。

首都高の高架をくぐってさらに東側へ進む。東京の中に居るはずなのにそこはかとなく漂う最果て感がたまらない。

多摩川河口部分についての解説が書かれた看板。まさに自然の宝庫であるとアピールしているが、実際にその通りなので驚く。

これより先が羽田の漁師町。レンガ堤防と呼ばれる、赤レンガ積みの堤防に沿って街路がうねうねと奥へ続いている。現在は新しい堤防が整備されているため、古い堤防の外側にも家が建てられている。

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