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驚異の多国籍団地フェスティバル!「いちょう団地祭り」に行って国際化社会の波に乗ってきた (全2ページ)

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横浜市の西の外れ、泉区上飯田町と大和市下和田に跨る「いちょう団地」と呼ばれる大型団地があり、ベトナム戦争時のインドシナ難民を多数受け入れた結果、首都圏でもずば抜けた多国籍団地になっているという話は、かなり昔に当サイトでレポートにしている。

横浜市泉区 いちょう団地

この「いちょう団地」では毎年10月初めに祭りが開催されると聞いて、再びこの地を訪れた。大和市側にある小田急江ノ島線高座渋谷駅から徒歩10分強、陸の孤島のような場所にそびえるマンモス団地群は相変わらずの威容を誇る。

横浜市泉区 いちょう団地

いちょう団地がどんな場所かについて、再びおさらいしよう。昭和46(1971)年にこの団地が建設され入居が始まり、現在で43年が経過している。境川の両側、横浜側の「いちょう上飯田団地」48棟2238戸、大和側の「いちょう下和田団地」31棟1394戸、合計79棟約3600戸を数えるマンモス団地である。設置当初は外国人の姿はなく、日本人住民ばかりだった。それが変わったのが1980年代以降の事。

横浜市泉区 いちょう団地

1975年のインドシナ三国(ベトナム・ラオス・カンボジア)の社会主義体制への移行、カンボジアのポルポト政権下による迫害などで生じたインドシナ難民(ボートピープル)が次々日本に流れ着き、その受け入れ先の一つで、難民への日本語教育や就労支援をしていたのが隣の大和市にあった「大和定住促進センター」であった。1980年代から難民の定住先として優先的に斡旋されたのがこの「いちょう団地」である。

横浜市泉区 いちょう団地

団地の開設から40年以上が経ち、当初の住民達の高齢化が進み、元々住んでいた日本人は減少していく一方で、外国人住民はその親類などを伝手に呼び寄せたりして増加していった。 近くの大和市にある大規模工業団地に自動車、金属、電機などの大型工場があり、インドシナ難民の他、ペルー・ブラジルなどの南米出身の出稼ぎ労働者も多く住んでおり、そうした人々もまたいちょう団地に暮らしている。現在、いちょう団地の外国人率はおよそ3割。

横浜市泉区 いちょう団地

いちょう団地内にある「いちょう小学校」はかつては生徒数2000人を超えていたマンモス校だったが、住民の減少により生徒は激減、その代わりに比較的若い外国人世帯が多く住むようになったので、全校生徒の7割が外国人(帰化して日本国籍を取った生徒も含む)という日本屈指の超絶多国籍校だったという。ただ、このいちょう小学校は2014年春に隣の飯田北小学校に統合され「飯田北いちょう小学校」に変わっている。

横浜市泉区 いちょう団地

団地内の至る所にある注意書き、「バイク進入禁止」の文言が6ヶ国語表記なのもこれだけで衝撃的なのだが、これだけ普段から外国語が豊富にあるとさぞかし国際感覚も身について良いのではないかとすら思える。

横浜市泉区 いちょう団地

現在もこの団地には11ヶ国もの外国にルーツを持つ住民が暮らし続けている。それぞれ違う言語でコミュニケーションもままならない中、住民同士が軋轢なく暮らすにはどうすればいいのか、この団地では四半世紀以上もの間それらの試行錯誤が繰り返されてきた。

横浜市泉区 いちょう団地

ゴミ捨てのマナーは勿論、ベランダでのバーベキュー、田んぼでのキャンプファイヤー等など、当初の生活習慣の違いによる軋轢は凄まじいものがあったという。そこで団地内にあるいちょう小学校では外国籍の子供達に「日本のルールとマナー」を教えこませ、子供が親に逆に教える立場で日本の生活習慣を学ばせていきながら、徐々に軋轢を解消していったそうだ。

横浜市泉区 いちょう団地

さてさて、かれこれ4年ぶりにいちょう団地を訪問したので、何か変わりはないものか団地の様子を見て回る事にした。大和市と横浜市の境を流れる境川を渡った先にある32号棟の下にある「いちょうマート」へ。

横浜市泉区 いちょう団地

いちょうマートの外に張り出されている店舗一覧の中にあるアジア食品専門店、背景写真がカンボジアの遺跡だったりしてインパクトがでかい。バイヨン寺院遺跡の顔面ですね。

横浜市泉区 いちょう団地

いちょうマートの入口。元々は普通に日本の生鮮食料品店やら薬局やら衣料品店なんぞが入っていた場所に中国やカンボジアなどの住民が開いた店がぽつぽつ入居してのっけから多国籍団地の風情が漂う。

横浜市泉区 いちょう団地

玄関のガラス戸には「いらっしゃい」の7ヶ国語表記まである。英語、中国語、ベトナム語、タイ語、ポルトガル語、日本語…あと分からない国の言語があるんですが、ラオスとかミャンマーですかね…

横浜市泉区 いちょう団地

以前来た時と店の構成は殆ど変わってなかったが、古い店の看板が掛け替えられて新しいものに変わっていた。シーワントアジア食品は日本国籍を取得したカンボジア出身者が経営しているが、ここには中華系から東南アジアまで食材が豊富にある。

横浜市泉区 いちょう団地

中華食材や中国茶、中華菓子なんかは向かいの「美樹園」にも揃っているみたいです。いずれの店も日本語での意思疎通にやや難があるが、現地住民の貴重な食材調達先として機能している。

横浜市泉区 いちょう団地

32号棟「いちょうマート」裏手辺りから、何やらド演歌のメロディがスピーカーで大音響で流されていたので近づいてみると、ちょうど団地の中央を南北に走るいちょう団地中央道路にお祭り会場が設営されていた。いつもは出稼ぎ労働者が仕事のために出払って高齢者がとぼとぼ歩いているだけの団地も、この時ばかりはステージが組まれて、お祭りムード一色。

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東京DEEP案内の管理人です。2008年の開設以来、首都圏一都三県の街歩き情報を淡々と記録し続けております。いわゆる日陰者的物件、観光地にもならない場所、ちょっとアレな地域を見物・考察する事を趣味としております。
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