今や観光地になってしまったかのような築地市場界隈だが、年の瀬で忙しい頃にやってくると雰囲気はガラっと変わる。
平日ならば市場の従業員と小売業者が、休日ならば観光客がごった返す築地場外市場だが、年末の一時期だけはその双方が集まって凄まじいカオス状態になる。
元から築地で働く市場のオッサンからするとド素人の観光客は仕事の邪魔でしかなく、あからさまに観光客に敵意剥き出し状態で車ごと突っ込んできたりされる事もなくはない。殺伐とした年の瀬のひとコマが見られる貴重な時期だ。
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今や観光地になってしまったかのような築地市場界隈だが、年の瀬で忙しい頃にやってくると雰囲気はガラっと変わる。
平日ならば市場の従業員と小売業者が、休日ならば観光客がごった返す築地場外市場だが、年末の一時期だけはその双方が集まって凄まじいカオス状態になる。
元から築地で働く市場のオッサンからするとド素人の観光客は仕事の邪魔でしかなく、あからさまに観光客に敵意剥き出し状態で車ごと突っ込んできたりされる事もなくはない。殺伐とした年の瀬のひとコマが見られる貴重な時期だ。
引き続き東京の台所「築地」の場外市場辺りをうろうろしていこうと思う。
築地市場入口と波除神社に通じる「波除通り」は場外市場の中でも割と開けた道になっていて、休日はやはり観光客の姿が多い。通りに面したビルはおおむね1階が店舗で、2階から上は住居と店舗が混在している。
築地と言えば外せない存在が築地市場の外側一帯に広がる「築地場外市場」だ。
築地市場そのものは、関東大震災が契機で日本橋にあったものが今の場所に移転されて、1935年に再建されてから現在に至っているが、場外市場は日本橋の魚河岸が築地に移転してから自然発生的に成り立ったものである。戦後のドサクサで成長した市場と言う事もあって、中の雰囲気が独特なのだ。
築地本願寺方面から場外市場に歩いてきた時、正面に築地市場の移転に反対するかのごとく「場外市場は、移転しません、私たちは、ずーっと、築地で頑張ります」などと書かれた横断幕が貼られている。
築地市場が老朽化と手狭である事を理由に豊洲に移転するという話は随分前からあったが、現地の土壌汚染の問題や、反対勢力の抵抗、東京都の財政難といった障壁がアレコレ立ち塞がっていて、結局具体的に移転の目処が立っていない。
これまで東京各所を歩いてきた訳だが、意外な事に築地にはあまり訪れていなかった事に気づいた。
いまや築地市場は東京の代表的な観光地で、土曜日ともなるとどこからともなく中国語で書かれた観光バスが次々やってくるような街だ。どこにも言える事だがあんまり観光地化されすぎると微妙な雰囲気になりかねない。そんな懸念もあって、今まで何となく築地界隈を見過ごしてきたような気がする。
しかしそんな偏見ばかりで放置し過ぎるのもよろしくないので、先日日比谷線の築地駅を降りて周辺をブラブラする事にした。
築地駅から市場寄りの出口を上がると、目の前に見える独特な建築物「本願寺築地別院」の前である。とても日本の寺に見えない建物だが、その名の通り浄土真宗本願寺派、京都西本願寺の別院でもある。
一般的には「築地本願寺」の方が通りが良い。
地下鉄日比谷線三ノ輪駅から程近い場所に浄閑寺という寺がある。
見た所どこにでもある寺の一つだが、この浄閑寺の墓地には吉原遊郭で命を落とした遊女が葬られている事でよく知られている。
「三ノ輪の投げ込み寺」と呼ばれているのは、1855年にあった安政の大地震の際に死んだ多くの身寄りのない吉原の遊女が投げ込まれるようにこの寺に葬られた事から来ている。昔も今も遊郭は常に表の世界からひた隠されてきた。そんな暗い歴史もこの土地に葬られているかのようだ。