駅前が戦後のドサクサそのまんまな船橋駅前の近くに旧赤線地帯の名残りを残す地域がある。「船橋遊郭」とも「海神新地」と呼ばれていた場所だ。昔から成田山詣のついでに成田街道沿いの船橋に寄り道をして女遊びに興じる男どもの姿が後を絶えなかったと言われている。
この一帯はかつて三田浜と呼ばれていた地域。漁村だった船橋の中でも塩作りが盛んで塩田が広がっていたと言われている。街が古いせいかバラック小屋が点在し、路地が入り組んでいるのが特徴的だ。
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駅前が戦後のドサクサそのまんまな船橋駅前の近くに旧赤線地帯の名残りを残す地域がある。「船橋遊郭」とも「海神新地」と呼ばれていた場所だ。昔から成田山詣のついでに成田街道沿いの船橋に寄り道をして女遊びに興じる男どもの姿が後を絶えなかったと言われている。
この一帯はかつて三田浜と呼ばれていた地域。漁村だった船橋の中でも塩作りが盛んで塩田が広がっていたと言われている。街が古いせいかバラック小屋が点在し、路地が入り組んでいるのが特徴的だ。
ひょんなことから訪れた日蓮宗大本山、市川市の古刹「法華経寺」。
珍しく、寺の境内にも商店が並んでいる。土産物を売っている他、参拝客に軽食や甘味を出す店が多い。浅草寺や鎌倉といった有名な場所と比べると人通りも少なく落ち着いた雰囲気だ。
千葉県でも成田山新勝寺と並ぶ有数の信仰拠点として知られている中山法華経寺の門前町周辺をふらりと散歩にやってきた東京DEEP案内取材班。
そういえば最近神社仏閣ネタが多い。それも日蓮宗の寺ばかり。杉並区の妙法寺や大田区の池上本門寺も最近訪問した。そもそも我々が最初に訪問したのが信濃町の創価学会タウンだったが、もとは創価学会も日蓮宗の一派(日蓮正宗の信徒団体)だったのだ。
こうした宗教タウン見物の積み重ねで何か発見できるものがあるかも知れないと思って、事あるごとにこうした寺町を歩いている。
参道商店街に架かる「南無妙法蓮華経」の旗。これは創価学会や立正佼成会だけに限らない日蓮宗の題目である。
最近、千葉率の高い東京DEEP案内取材班です。
またしても総武線に乗って江戸川区の向こうにやってきたのである。
基本的にベッドタウンとしてのイメージしかない千葉県だが、変わった所はないのかと調べると、西船橋の一つ手前にある「下総中山」の駅周辺が独特だというので、この駅を降りてみた。
秋葉原から総武線緩行列車でおよそ25分、下総中山駅北口。
都営新宿線が通る本八幡、地下鉄東西線が通る西船橋に挟まれて、かなり存在感のない駅だ。中山は日蓮宗大本山である中山法華経寺の門前町として栄えた街で、船橋市の西の外れに位置する。
駅前は再開発で小奇麗な駅前ビルが出来ているものの、駅の利用者を見ると爺さん婆さんばかりで、平均年齢がやたら高い。中山は日蓮宗における重要な信仰拠点の一つで、年寄りの参拝者が多い為だろう。
かつて千葉市最大の繁華街だった一帯をソープランドだらけの破廉恥タウンに変貌させた関東屈指のカオスゾーン、千葉栄町の商店街を引き続き探索する。
昼間でも人通りもない寂れた商店街だが、日が暮れるとあちらこちらから風俗店のピンク色のネオンが目に飛び込む。房総半島の付け根に位置する県都の中心は、いまや暴走半島人が取り仕切る修羅の国のようである。
引き続き、県庁所在地「千葉駅」の最寄りでありながら街中ソープランドと韓国料理店しかない関東の魔窟「千葉栄町」を歩き回る事にしよう。
栄町に入ると韓国料理店以外の飲食店を探すのは至難の業だ。この付近では栄町の風俗街に出稼ぎに来るニューカマー系外国人が多く、当然それらを相手にした飲食店が並ぶからだ。
おまけに中華料理店までも「韓国式」も断り書きが入るくらい韓国人向けなのが千葉栄町クオリティ。おおよそ日本らしくない。
千葉駅に程近い、中心市街地の一角を成す「栄町」地区。
かつては千葉市最大の繁華街で、昭和38(1963)年に千葉駅が現在の場所に移転してくるまでは、街で一番賑わっていた街だったと言われている。
しかし時代が過ぎ、栄町一帯はいまやコリアタウンと風俗街しかない魔境として知られている。古い商店が消えていく一方で、新たに増えてくるニューカマー韓国人をはじめとする外国人労働者と、彼らを受け皿にしたソープランドなどの風俗産業で現在の栄町が成り立っている。
千葉駅からモノレールの線路に沿うように東側に進むと、ものの5分もしないうちに栄町地区に足を踏み入れる事になる。
一通り千葉市の中心市街地を回ってきた訳だが、無駄に整備され尽くした街路、無味乾燥な雑居ビルばかりで今ひとつ心の琴線に触れる風景に出会う事がなかった。そんな中で思わず反応してしまったのが、千葉中央駅南側にそびえる「本千葉ビル」。
一際レトロさを見せる5階建ての超ロングビル。3階から上は住居で、1階、2階、地下1階が事務所や店舗に分けられている。県有地で、昭和37(1962)年に千葉県住宅供給公社によって建設された。
千葉市の中心市街地に近いのは、千葉駅よりもどちらかというと千葉中央駅周辺にあたる。もう少しこの周辺の繁華街を探索していこう。
ちなみに千葉中央駅からは、さらに京成千原線が郊外のおゆみ野やちはら台といった辺境の微妙なニュータウンを結んでいる。バブル崩壊でニュータウン造成に失敗し前身の三セク系鉄道会社が破綻しているという、これまた微妙な路線だったりする。
千葉県はこうした開発失敗系ニュータウンの宝庫であり、当の千葉に住んでいる人でも誰も知らない人類未踏の地がまだまだ残っているのだ。
千葉駅寄りの富士見町付近は歓楽街的性質が強い。居酒屋に紛れてキャバクラがあったりと総じて砕け気味な街並みだ。そして当然昼間は人通りも少ない。
千葉駅から徒歩5分程度の場所に京成千葉中央駅があり、千葉の中心市街地の一角を形作っている。
千葉中央駅前から東側に伸びる大通りは東金街道。この両側に繁華街が続いていて、モノレールの向こうにはタワーマンションの姿も見える。あまり栄えている印象のない千葉市街地でも都会らしい姿を見せる一帯だ。