マイナーローカル鉄道・流鉄流山線に乗って流山を訪れた。東京通勤圏のはずなのに、地方の田舎町にひょっこりやってきたかのような錯覚に陥る事請け合いの、小さな旅。
新選組ネタだけで帰ってしまうのもちょっと寂しいのでもう少し散策してみる。
新選組陣屋跡のすぐ近くには閻魔堂がある。安永5(1776)年に作られた閻魔木像の他、江戸時代の義賊である金子市之丞、遊女である三千歳の墓があると記された看板がある。閻魔様はともかく義賊と遊女の墓というのが非常にそそられる。入ってみよう。
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マイナーローカル鉄道・流鉄流山線に乗って流山を訪れた。東京通勤圏のはずなのに、地方の田舎町にひょっこりやってきたかのような錯覚に陥る事請け合いの、小さな旅。
新選組ネタだけで帰ってしまうのもちょっと寂しいのでもう少し散策してみる。
新選組陣屋跡のすぐ近くには閻魔堂がある。安永5(1776)年に作られた閻魔木像の他、江戸時代の義賊である金子市之丞、遊女である三千歳の墓があると記された看板がある。閻魔様はともかく義賊と遊女の墓というのが非常にそそられる。入ってみよう。
千葉県というだけでもマイナー扱いされてしまうのに、その中でも流山市という地名を聞いてどこにあるのかさっぱり分からなかった訳だが、これまたマイナーなローカル鉄道「流鉄流山線」に乗る機会を得て、流山という街を知るに至った東京DEEP案内取材班一同。
「流山」という不思議な語感を持った地名。音読みすれば「りゅうざん」になって縁起が悪いので流山には産婦人科が一軒もないという都市伝説もあるそうだが、それはさすがにデマである。
ともかく流山と言ったら新選組なんだそうだ。商店街には「こども110番のおみせ」の暖簾が掲げられ、新選組のイラストに「まもるぞ!!」と書かれている。その割には守るべき子供の姿がどこにもいない。過疎化が進んでいるのだろうか。
流鉄流山線に乗って流山駅に辿り着く。
流山市の玄関口であり街の中心でもあるが、流山駅はどう見ても地方の田舎の駅舎だし、旅行に来たような気分になってしまう。
千葉県全体から見ればやたらマイナーな流山市だが、廃藩置県の時には葛飾県庁が置かれたり、古くからみりん醸造や水運で栄えていたりと色々と歴史のある街だ。
地下鉄日比谷線三ノ輪駅から程近い場所に浄閑寺という寺がある。
見た所どこにでもある寺の一つだが、この浄閑寺の墓地には吉原遊郭で命を落とした遊女が葬られている事でよく知られている。
「三ノ輪の投げ込み寺」と呼ばれているのは、1855年にあった安政の大地震の際に死んだ多くの身寄りのない吉原の遊女が投げ込まれるようにこの寺に葬られた事から来ている。昔も今も遊郭は常に表の世界からひた隠されてきた。そんな暗い歴史もこの土地に葬られているかのようだ。
台東区小島、鳥越にあたる、地下鉄新御徒町駅と蔵前駅の南西方向にあたる一帯は戦災を奇跡的に免れた古い台東の下町風景が克明に残された貴重なエリアになっている。
山手線の御徒町駅からだと少し遠いが歩いて行けなくはない距離にある。新御徒町の佐竹商店街を過ぎた清洲橋通り東側一帯の部分にあたる。昔ながらの古い路地があちらこちらに残っていてタイムスリップしたも同然の状態になる。