地下鉄日比谷線三ノ輪駅から程近い場所に浄閑寺という寺がある。
見た所どこにでもある寺の一つだが、この浄閑寺の墓地には吉原遊郭で命を落とした遊女が葬られている事でよく知られている。
「三ノ輪の投げ込み寺」と呼ばれているのは、1855年にあった安政の大地震の際に死んだ多くの身寄りのない吉原の遊女が投げ込まれるようにこの寺に葬られた事から来ている。昔も今も遊郭は常に表の世界からひた隠されてきた。そんな暗い歴史もこの土地に葬られているかのようだ。
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地下鉄日比谷線三ノ輪駅から程近い場所に浄閑寺という寺がある。
見た所どこにでもある寺の一つだが、この浄閑寺の墓地には吉原遊郭で命を落とした遊女が葬られている事でよく知られている。
「三ノ輪の投げ込み寺」と呼ばれているのは、1855年にあった安政の大地震の際に死んだ多くの身寄りのない吉原の遊女が投げ込まれるようにこの寺に葬られた事から来ている。昔も今も遊郭は常に表の世界からひた隠されてきた。そんな暗い歴史もこの土地に葬られているかのようだ。
台東区小島、鳥越にあたる、地下鉄新御徒町駅と蔵前駅の南西方向にあたる一帯は戦災を奇跡的に免れた古い台東の下町風景が克明に残された貴重なエリアになっている。
山手線の御徒町駅からだと少し遠いが歩いて行けなくはない距離にある。新御徒町の佐竹商店街を過ぎた清洲橋通り東側一帯の部分にあたる。昔ながらの古い路地があちらこちらに残っていてタイムスリップしたも同然の状態になる。
古くから宿場町として多くの人々が行き来した千住の街。もちろん人々の往来の歴史には表も裏もある。ここでは千住の街の裏側を少しだけお見せすることにしよう。
北千住駅から街道沿いに北上すると、荒川の土手が姿を見せる。都心にあって開放的な河川敷を間近にすることのできる、オアシスのような場所。
足立区のマスコットキャラでるアダチンも荒川の土手をてくてくお散歩するのが大好きなのである。気持ちいいだチ~ン。
北千住は日光街道の最初の宿場町「千住宿」があることで有名である。
千住大橋の架かる隅田川を隔てて北千住と南千住の2つが存在しているわけだが、一般的には「千住」と地名がつけば北千住の事を指しており、行政地名としての北千住は存在していない。
北千住駅西口正面から伸びる商店街を進むと、途中で「宿場町通り商店街」に交差する。この通りを中心に昔からの宿場町の風情が今でも残っている。北へ進めば荒川土手に通じる。
古くは日光街道の宿場町、今では都心近郊のベッドタウンで交通の要衝、北千住駅に程近い、荒川土手が目前に迫る千住大川町の一角、何の変哲もない住宅地にぽつんと立つ、一軒のラーメン屋がある。
その名も「ラーメン菊や」。
ここ千住大川町に店を構えてかれこれ40年近いという地味ながらも老舗な佇まいの店は、カウンター6席しかないという小ささに加えて、昔ながらの木造平屋建ての民家の一角に作られた外観がなんともシブイ。