船橋市南本町44番地「都疎浜」のバラック群は表側だけではなく裏側からも見応えがある。これを見逃してしまうのは「片手落ち」とも言える。
船橋港からの水路「山谷澪」が引かれた跡が今に残る一帯、裏側に回ると散歩道と呼べる程度の「土手」が続いていて、船橋駅方面にそのまま抜ける事ができる。春には桜が開花してそれなりに美しい光景を見せる場所だ。
GoogleMapsを読み込んでいます |
船橋市南本町44番地「都疎浜」のバラック群は表側だけではなく裏側からも見応えがある。これを見逃してしまうのは「片手落ち」とも言える。
船橋港からの水路「山谷澪」が引かれた跡が今に残る一帯、裏側に回ると散歩道と呼べる程度の「土手」が続いていて、船橋駅方面にそのまま抜ける事ができる。春には桜が開花してそれなりに美しい光景を見せる場所だ。
引き続き、船橋市南本町44番地「都疎浜」のバラック群を探索する。
昭和初期に廃棄された三田浜塩田の跡に築かれたのは戦時中に都内から強制的に疎開させられた人々によって作られた住宅群だ。町内会や公民館などに残る「都疎浜」の地名は自分達の状況を皮肉って付けられたものなのだ。
船橋市南本町44番地。船橋市役所の真裏という街の中心地にあるにも関わらず、戦後のドサクサで建てられたようなオンボロバラック民家がずらりと並ぶとんでもないカオス地帯が存在するという話を聞きつけて、現地までやってきた。
船橋駅南口から徒歩10分程度、超高層タワーマンションが向かい合う場所に、本当にずらりと並んだ見事なバラック群が現れる。
これが南本町44番地。いまだにこんな光景が残っていたなんて...
近年の東京は画一的な戸建住宅やタワーマンションが街を席巻し、古い街が急激に壊される傾向にあるが、反面、昔から残る古民家や戦後のドサクサで建てられたトタン葺きのバラック建築に何とも言えぬノスタルジーやDEEPな生活文化の裏面史に触れる事もある。
東京や首都圏一円はともかく関西でも様々なバラック住居を訪ね歩いてきた我々DEEP案内取材班。しかしこれまで見てきた中でも最強クラスのインパクトを誇るバラック住居群が船橋市南本町44番地という住所に存在している事を知った。
またしても船橋駅を訪れた。最近千葉方面に来る事が多くなったのは、これまで東京DEEP案内のレポートの中でも特に千葉への関心が薄い事にあった、その反動である。
総武線快速で東京駅から約25分の位置にある船橋は、いまや千葉県を代表するベッドタウン都市として毎日大勢の人々が行き交う街に変貌している。
船橋市本町二丁目、元赤線地帯「海神新地」跡地の一角には古い住宅地に今もソープランドやストリップ劇場が残る独特の空間が存在している。
住宅地の中にぽつんと佇むのは千葉県内に残る最後の2軒となったストリップ劇場のうちの一つ「若松劇場」である。性風俗の多様化で絶滅危惧種ともなったストリップだが、県内で最後の2軒ともなるとある意味「聖地」になってしまうせいか、平日昼間から堂々と店を開いているところが大胆である。
ふらふらと店の前をうろついているのは年金世代であろうエロオヤジ二人組。昭和枯れすすきそのまんまな光景を見せる船橋の裏風俗街も、まだまだ性の需要と供給は成り立っている。