鎌倉には大仏や鶴岡八幡宮といった壮大な見所が色々ある訳だが、鎌倉幕府滅亡の地・腹切やぐらの近くに「釈迦堂切通」という場所がある。ここもかなり凄まじい場所だと聞いて、行ってみる事にした。 切通と聞くと鎌倉の内と外を結ぶ「鎌倉七口」という切通が...[全文を読む]
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古い歴史を誇る鎌倉には数多くの史跡が存在している訳であるが、表の史跡もあれば裏の史跡もあるというもの。超メジャー観光地鎌倉においても、さっぱり観光客が近寄りもしない、不気味な裏の史跡も数多くある。 その中で最もヤバイ裏史跡の一つが、鎌倉幕府...[全文を読む]
鎌倉駅から人混みだらけの小町通りを抜けると、その先には鎌倉の中心的存在、鎌倉幕府の宗社として置かれた日本三大八幡宮の一つ、鶴岡八幡宮がいよいよ立派な赤鳥居を構えて待っている。 超メジャーな観光地でわざわざ東京DEEP案内で紹介するまでもない...[全文を読む]
マイナーローカル鉄道・流鉄流山線に乗って流山を訪れた。東京通勤圏のはずなのに、地方の田舎町にひょっこりやってきたかのような錯覚に陥る事請け合いの、小さな旅。 新選組ネタだけで帰ってしまうのもちょっと寂しいのでもう少し散策してみる。 新選組陣...[全文を読む]
千葉県というだけでもマイナー扱いされてしまうのに、その中でも流山市という地名を聞いてどこにあるのかさっぱり分からなかった訳だが、これまたマイナーなローカル鉄道「流鉄流山線」に乗る機会を得て、流山という街を知るに至った東京DEEP案内取材班一...[全文を読む]
流鉄流山線に乗って流山駅に辿り着く。 流山市の玄関口であり街の中心でもあるが、流山駅はどう見ても地方の田舎の駅舎だし、旅行に来たような気分になってしまう。 千葉県全体から見ればやたらマイナーな流山市だが、廃藩置県の時には葛飾県庁が置かれたり...[全文を読む]
新宿から京王線特急電車に乗っておよそ23分、武蔵国の国府があった歴史の街・府中を訪れた。 表向きに府中と言えば大國魂神社である。奇祭「くらやみ祭」が行われる事でも有名。 しかしもう一方では東京競馬場、多摩川競艇場などの公営ギャンブル施設、そ...[全文を読む]
納涼心霊スポット特集 本格的に蒸し暑い季節が到来しているわけではあるが気軽に避暑地に出掛けられる余裕もない皆様にせめて気持ちだけでも涼んで頂こうという事で、これまで東京DEEP案内取材班が街歩きの最中に訪れた東京近郊の所謂「心霊スポット」...[全文を読む]
横浜市南区、地下鉄阪東橋駅が最寄りのド下町商店街「横浜橋通商店街」は連日貧民相手に安売り大戦争勃発中のエネルギッシュでヤバイ商店街だが、そこから外れた永楽町・真金町界隈は「永真遊郭」という元赤線地帯だった。 この永真遊郭は横浜における遊郭の...[全文を読む]
江戸川橋駅から神田川沿いの江戸川公園をとぼとぼ歩いて行くと、その途中で松尾芭蕉が暮らしていたという「関口芭蕉庵」という建物がある。 松尾芭蕉が神田上水の改修工事の際にこの場所に4年程過ごしていたらしい。その建物は既に戦災やらなんやらで無くな...[全文を読む]
さきたま古墳公園の駐車場の前、県道沿いに一軒の土産物屋がある。 駐車場に向けて埼玉銘菓十万石饅頭の看板を掲げる「さかもと商店」。観光客もまばらなさきたま古墳群の中で代表的な店である。ここで行田市が誇るソウルフード「ゼリーフライ」が食える。...[全文を読む]
埼玉県名発祥の地は、関東随一の規模を誇る古墳群が存在する歴史の地でもある。行田市埼玉地区にある「さきたま古墳群」をさらに散策する。 古墳公園の敷地内に建つ「史蹟埼玉村古墳群」と書かれた石柱を見ると昭和二十六年の日付が入っている。古墳群は公園...[全文を読む]
埼玉県北部、行田市の一角に「埼玉(さきたま)」という地名がある。ここが埼玉県の県名発祥の地であると言う事で、いっぺん足を運んでみようと考えていた。 大宮から国道17号熊谷バイパスを高崎方面に北上し、さきたま古墳公園に向けて走ると現れる「埼玉...[全文を読む]
成田空港開港以前から数々の抗争を経てきた因縁の土地「三里塚」。 第2滑走路付近に現在も土地の立ち退きに応じず農地が空港の中に虫食い状に残る東峰・天神峰地区には、東峰神社、過激派による団結小屋や農家の居宅がある以外に、道路を挟んだ向かい側にも...[全文を読む]
成田空港が開港する以前から数えると、およそ40年来の争いが今も続く「三里塚闘争」のシンボル、それが日本の民間航空のパイオニア・伊藤音次郎氏がこの地に入植した時に遷座した、ここ東峰神社なのだ。 この地に訪れるのは今も土地に住み続ける僅かな東峰...[全文を読む]
国の強引な土地収用を発端に、現地農民や極左過激派、膨大な警察隊、それに莫大な税金が投じられ、1978年5月の開港までに血で血を洗う抗争が繰り返されてきた成田空港の裏面史、その現実を直視出来る場所が空港北側一帯にある天神峰、東峰の2つの集落だ...[全文を読む]
成田国際空港...東京から北東に60キロの位置にある千葉県成田市の三里塚地区に作られた日本最大の国際空港である。 1978年5月に開港して以来、日本を代表する空の玄関口で、日本最大の国際便発着枠を有する巨大ターミナルとして役割を保ってきたこ...[全文を読む]
乃木神社で見所があるのが、旧乃木邸を保存する目的で作られた乃木公園の一角に、現在も邸宅がそのままの形で保存されて残っている事だ。 朝9時から夕方4時までの間は敷地が開放されていて自由に見学することができる。普段は建物の外観しか見られないが、...[全文を読む]
TBS放送センターやコリアタウンが立ち並ぶ赤坂の西の外れには千代田線乃木坂駅がある。 乃木坂という地名は明治時代の軍人乃木希典の名から来ていることはよく知られている。駅を降りると目の前には乃木坂陸橋、乃木神社が控えている。住所で言うと赤坂、...[全文を読む]
日本の中心・永田町の隣に広がる大歓楽街「赤坂」。 政治の表舞台が永田町なら、こちら赤坂は裏舞台である。 政治家・政商・ヤクザ...人の皮を被った強欲なモンスターが跋扈する裏の顔。 日本の近代史の中でも数々の知られざるドラマが繰り広げられてい...[全文を読む]
穴守稲荷神社の境内に入ると、今でも地元住民を中心に信仰が厚く年老いた参拝者が後を絶たない。 戦後、羽田沖がGHQに接収されて神社自体も取り壊されたが、今の場所に仮社殿を建て、昭和31(1956)年に本殿が再建されて現在に至る。昔は行楽地で賑...[全文を読む]
多摩川の最下流、羽田に残る漁村の光景を一通り眺めて、突端の海上に置かれた祠を横目にすると、そこは多摩川に海老取川が合流する地点となる。 今も引き潮時には広大な干拓が姿を現す、とても東京23区とは思えない風景を見せる羽田浦の先端部分には羽田の...[全文を読む]
東京23区の最果て、世界的に有名な羽田空港を目前に広がる羽田の漁師町は一体どんな所だろうか。街を歩く事にした。 羽田はアナゴ漁を中心に沢山の魚介類が取れる良質な漁場だった。神奈川の生麦や子安、千葉の浦安などと同じく周辺の開発と工業化で海洋汚...[全文を読む]
亀戸駅北口から明治通り沿いに北上すると蔵前橋通りとクロスする亀戸四丁目交差点に差し掛かる。 ここは以前訪れた貧民御用達スーパー、賞味期限切れ食品を堂々と売る「サンケイスーパー」に程近い。ここまで来ると駅前の喧騒からは離れて延々と下町風景が広...[全文を読む]
最近地下鉄東西線率の激しい東京DEEP案内取材班。浦安から西船橋までの所謂「千葉メトロゾーン」の街並みは都内の江戸川区あたりと何も変わらない住宅密集地と化している。 かつては干拓地で海苔やアサリ漁、塩田などで生計を立てていた純田舎地帯だった...[全文を読む]
地下鉄日比谷線三ノ輪駅から程近い場所に浄閑寺という寺がある。 見た所どこにでもある寺の一つだが、この浄閑寺の墓地には吉原遊郭で命を落とした遊女が葬られている事でよく知られている。 「三ノ輪の投げ込み寺」と呼ばれているのは、1855年にあった...[全文を読む]
引き続き、穴があったら入りたい東京DEEP案内取材班が謎の横穴古墳群「吉見百穴」の中を探検していきます。 百穴とは言うものの、実は吉見百穴に存在している横穴は全て数え上げると219個もあるという。 これだけの数の穴が誰の手で掘られたのか、古...[全文を読む]
東京最大の遊郭「吉原」の歴史を調べていたら、現在知られている吉原が「新吉原」で、かつては「元吉原」と呼ばれている場所があり、それが現在の日本橋人形町にあった事、そしてそこは一体どんな所なのか、全然知らなかった。 これではいかんという事で、東...[全文を読む]
巷では冬季五輪の真っ最中のようである。スポーツ関連には全くもって疎い東京DEEP案内取材班にとっては、冬季五輪がカナダのバンクーバーで開催されている事を初めて知ったのが2ちゃんのニュー速のスレという状況が当取材班のスポーツへの無関心さを物語...[全文を読む]
千住と言うとどうしても北千住駅周辺しかイメージに浮かばないが、実は千住地区の南側には京成線が走っている。 千住大橋駅と京成関屋駅の二つが地区内にあるが、北千住駅へは京成関屋駅で降りて東武伊勢崎線牛田駅からひと駅分乗り継ぐ必要がある。 千住大...[全文を読む]











