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コリアタウン新大久保の裏面史!新宿区百人町「西戸山」にあった寄せ場とは何なのか

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新宿のすぐお隣にありながらコリアタウンやイスラム横丁なんぞがあり国際色豊かな「巨大ターミナル駅の隣にある場末タウン」の王道、新大久保駅周辺。ここが「戦後のドサクサ」で在日コリアン集住地となり韓国有数の大財閥であるお口の恋人「ロッテ」の発祥の地ともなりバタヤ部落だのドヤ街だのも存在した魔窟であった事はこれまで散々当サイトで申し上げてきたのだが、今回、新年一発目にお届けする話題もそっち方面です。

訪れたのは新宿区百人町三・四丁目。昔の地名で言う「西戸山」と呼ばれる地域で、ちょうどJR新大久保駅と高田馬場駅の中間に位置する一帯だ。片側に山手線や埼京線、西武新宿線の線路を望み、ひっきりなしに電車が往来する傍らで、その反対側には西戸山公園や、再開発で建設された「西戸山タワーホウムズ」というタワーマンション群がそびえる。

新大久保という土地柄を考えると些か場違いにも感じる3棟のタワーマンションと「東京グローブ座」という劇場からなる再開発地域は百人町三丁目の東側一帯を占めている。最近出来たものでもなく意外にもバブル時代の昭和63(1988)年築で既に30年近く経っている。ちなみにこれが建つ前は公務員宿舎が立ち並んでいた。

この東京グローブ座という劇場ってジャニーズ事務所が運営しているらしいんですが、劇場の入口に現・アド街ック天国「あなたの街の宣伝本部長」井ノ原快彦主演の演劇の告知ポスターなんかがあったりして確かにそれっぽいすね。新大久保なんて韓流アイドル目当ての婦女子御用達ばかりと思っていましたがジャニヲタも集まる街なんですね。

新大久保と高田馬場の間にあった「幻のドヤ街」

そのタワーマンション群の北側には「西戸山公園」がある。今でこそこの場所に来ても何の変哲も無い街にしか思えない訳だが、以前はこの西戸山公園に隣接する場所に「ハローワーク高田馬場労働出張所」があった。

高田馬場労働出張所は日雇い労働者向けの職安であり、かつてこの場所は山谷や高橋ドヤ街などと同じ「寄せ場」で、山手線沿いには早朝から西成の泥棒市のような露天商や食事を出す屋台などが連なっていた場所だという。今となっては、ちょっと想像できませんけどね…

ほんの5年程前までは西戸山公園と山手線の線路に挟まれたこの通り沿いにはホームレスと思しきオッサン軍団が私物を勝手に置いては道路上を占拠する状況を拝む事が出来た。この時代と比べると東京も街中から随分ホームレスの姿が減ったものだ。

なお、ドヤ街というからには決まって存在していた簡易宿泊所は最近まで新大久保駅近くの線路沿いに何軒か存在していた。都市計画道路の建設などもあって随分立ち退いたようだが、それらの様子はこちらの記事でも併せてご覧になって頂ければと思う。

いつまで工事しているのか意味不明な山手線ガードのアンダーパスが気になる百人町四丁目北端部を東西に走る諏訪通り(都道25号)沿いには解体された高田馬場労働出張所と隣接する高田馬場福祉作業所があった。現在は福祉作業所が障害者生活支援センターに建て替えられ、労働出張所跡地には新宿労働基準監督署が出来ている。

西戸山公園の中に入る。野球場も備えられた結構広いめの公園だが、あまり公園内で遊んでいる子供や家族連れが見当たらないし、専ら陰気臭い感じのする公園といった印象しか湧かない。これまでホームレスの寝床として使われていた事が、公園内の至る所に張り巡らされたホームレス除けの黄色テープやトラ柵の多さから分かる。

「公園でのたき火・飲酒・寝泊りは禁止します」と書かれた警告看板も西戸山公園の至る所に置かれている。80~90年代に西戸山の寄せ場は下火となり、先のタワーマンションや劇場等が再開発で建設され、居心地の悪くなったホームレスは東側の戸山公園付近に流れるなどした、と見るのが妥当な流れか。

日雇い労働者の寄せ場とコリアタウンが戦後に勃興した百人町・大久保界隈

なぜ新大久保や高田馬場付近が戦後ドヤ街・寄せ場として勃興したのか、併せて新大久保がコリアタウンになったかという点について、ヒントがあるとするならこの土地がこれまでどういう使われ方をしてきたかを考えると糸口が掴めそうだ。

百人町三・四丁目及び山手線の線路を挟んだ東側の大久保三丁目は戦前は陸軍施設だった場所で、これが戦後になり折からの住宅不足で空襲で焼けた敷地の一部が宅地化され、終戦直後から今の百人町三丁目に「百人町越冬住宅」という貧困層の受け入れ先がかなりの数建設されている(→昔の航空写真)他、山手線ガード下などに続々不法占拠の上住居を構えていった。

「戦後のドサクサ」で集まったそれらの住民の中にはその日暮らしの日雇い労働者や在日コリアンも御多分に漏れず含まれていたのだろう。在日コリアンが同胞企業であるロッテ新宿工場の操業もあって雇用の受け皿となる事を期待して親類縁者を呼んではどんどん当地に集まり、コリアタウン新大久保の原型が作られた事も過去の記事で触れている。

そうした地域の戦後史は現在も百人町四丁目、大久保三丁目に立ち並ぶ高齢化した低所得者層が集まる都心の限界集落となっている高層の都営住宅乱立地帯に名残りを残している。

一方で昔の越冬住宅があった百人町三丁目の一部地域もかなり珍妙な光景を残した住宅地となっているのでこれにも詳しく触れたいが、記事が無駄に長くなるのでこちらへどうぞ


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東京DEEP案内の管理人です。2008年の開設以来、首都圏一都三県の街歩き情報を淡々と記録し続けております。いわゆる日陰者的物件、観光地にもならない場所、ちょっとアレな地域を見物・考察する事を趣味としております。2017年6月15日、単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を発売。
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