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芝浦運河を歩く (1) 東京モノレールと芝浦運河

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東京港に行ってきた。
横浜港やら神戸港やら大阪港などと言われるとすぐに分かるものだが東京港と言われてもどこにあるのかいまいちピンと来なかったりするもの。
東京ベイエリアがあまりに埋立地だらけで、どこに港があるのか分からないという人もきっと居るだろう。しかし東京港は港区の芝浦エリアに厳然と存在している。
(ちなみにここで言う「東京港」は旅客港としての東京港を挙げている)
東京においてベイエリアというと真っ先にお台場の辺りが出てくるのが一般的だが、東京港があるのは浜松町駅が最寄りの竹芝桟橋とその南側にある日の出桟橋の二つだ。
しかし現代ではもっぱらベイエリアのイメージをお台場に持って行かれてしまい、ひたすら地味な空気を漂わせている。
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まずはJR田町駅を降りた。芝浦エリアはかつてのバブル絶頂期に「お立ち台」「ジュリ扇」など独特の言語で流行をおさめたディスコ「ジュリアナ東京」があった場所である。
その頃はこの田町駅芝浦口からジュリアナ東京に足繁く通う所謂「ワンレン・ボディコン」のお姉ちゃんの姿が数多く見られたようだが現在は普通のサラリーマンタウンと化している。


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ジュリアナ東京が存在したのが、現在も営業を続けているボウリング場「東京ポートボウル」に隣接した一角だった。田町駅を降りて芝浦商店会に入る手前のところを看板の案内通りに左折する。
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無味乾燥なオフィス街でしかないと思っていた芝浦界隈だが、現在も街の各所には「芝浦運河」が縦横無尽に走っており、港町の姿を今に残す。そして海に近いので時折潮風が吹く。
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芝浦運河には東京モノレールの高架橋が縦走している。浜松町駅から羽田空港へ伸びる、遊園地や動物園以外では日本で初めてのモノレール路線。
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開業は東京オリンピックの年である昭和39(1964)年である。モノレールという言葉に印象される近代的なイメージではない、古ぼけたコンクリートの高架線が時の流れを感じさせる。
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モノレールの車窓からも見える芝浦運河。すっかりオフィスビルとマンションで埋め尽くされているが、運河の川岸や橋脚を見ると昔のままの風情が保たれている。
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あと、橋のたもとに限ってはご覧のように古い家屋がそのまんま残っている事が多い。
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旧海岸通りに面する謎の三角錐つき建物。意図がよくわからないが所謂ピラミッドパワーというやつだろうか。現在この土地は鉄工場となっているのは分かったが、それ以上の事は不明。まるで遺跡のようである。
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運河の北側にはメタセコイヤ並木がある。ジュリアナ東京以前も多くのディスコホールがあったと言われる芝浦界隈。華やかな街だった頃の名残りだろうか。今では場違いなくらい立派な並木道である。
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ひっきりなしに往来する東京モノレールの車両。浜松町から羽田を20分程度で結ぶ空港利用者の足だが運賃は片道470円とかなり割高だ。空港快速に乗ると見た目とは裏腹に結構ぶっとばして走る。それにレールが老朽化しているのか知らないがやたら揺れが激しい。ちょっとしたアトラクション体験ができる。
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モノレールは東京オリンピックに間に合わせる為、用地買収の手間が要らない運河の上に高架橋を建設し突貫工事で造られたという経緯がある。運河には沢山の船が係留されている。釣船だったりクルーザーだったり、屋形船だったり。
モノレールの橋脚に「けい船禁止」との注意書きが書かれているのはそのためなのだ。

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東京DEEP案内の管理人です。2008年の開設以来、首都圏一都三県の街歩き情報を淡々と記録し続けております。いわゆる日陰者的物件、観光地にもならない場所、ちょっとアレな地域を見物・考察する事を趣味としております。2017年6月15日、単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を発売。
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