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珍寺訪問・世田谷区野毛「善養密寺」

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世田谷の外れ、多摩川河畔にも近い世田谷区野毛の住宅地の中に善養密寺という、ちょっと怪しげな名前の寺がひっそりと佇んでいる。

等々力駅を降りて、等々力渓谷などをぶらぶら歩きながら国分寺崖線の下の丸子川沿いの住宅街の道をとぼとぼ歩いていると、善養密寺の駐車場を示す、やっぱりちょっと怪しげな看板がぽつんと建っている。
そのまま道なりに進むと二子玉川まで行ってしまうが、既に寺の場所からかなり行き過ぎていたので、少し引き返す。



丸子川に架かる赤い橋を渡るとその先に広がっている光景がこれである。なんだか訳の分からない動物の石像があっちこっちで参拝者を待ち構えているのだ。善養密寺という名前の通りかなり怪しげな寺である。

羊の石像の隣には善養密寺境内にある都の天然記念物、樹齢7~800年と言われる大榧の存在を示す石碑が建っている。とは言え、寺のあちこちに居る石像が怪しすぎるので天然記念物には目もくれる事もない。

おまけに中国の儒教をモチーフにした石像の姿まである。コンセプトが今一つはっきり分からない。もはやパラダイスの領域である。

容赦ない珍石像のお出迎えで山門に辿り着く前に既にお腹いっぱいなのだが、中を見て行かなければ帰る訳にもいくまい。

山門の脇には善養密寺の由来を示す、世田谷区教育委員会によるれっきとした案内板が置かれている。もともとは深沢にあったそうだ。

しかし案内板を見てもこれらの謎の石像群がどういう意図で置かれているかについては書かれていない。住職の個人的な趣味なのだろうか、それにしては規模がでかい。

山門をくぐり境内に足を踏み入れると、その中の様子もかなり変である。天然記念物の大榧の下には蛙や亀の石像に混じって河童の石像がある。

しかもただの河童ではなかった。数珠を手に掛けて何かを祈っている信心深い謎の河童なのである。その河童の足元には水の入った柄杓が置かれて、参拝者が河童の頭に水を掛けて行く。

ちゃんと河童には「多摩川の精 たま坊」という名前も付いているのである。拝む心は生きる力。しかし何故河童なのだろう。その事についての説明が一切ないので、多分これも住職の趣味だろうか。

河童も笑えるが境内に多いのが蛙の石像である。確かに境内は大榧の影に隠れているせいか鬱蒼としていて、本物の蛙が飛び出してきそうな雰囲気ではある。

そして珍寺にはお約束の男根と思われる卑猥な造形を思わせる謎の石柱も唐突に地面から生えている。だったら女陰もどきの石像もないかと思って探したが、そっちは無かった。

赤くペイントされた人型の石像。これも何の石像なのか説明がないのでさっぱり何が何やら分からない。

その他、変な石像類や訳の分からないオブジェが所狭しと並べられている。いちいち突っ込んでみるのもキリがないので、是非現地で見て頂きたい。

その他、布袋尊が金玉を担いでにやけていたりとますます訳が分からなくなってくる。境内を一周すると、善養密寺が一体どういう寺なのか、謎がかえって深まってしまう。

挙句の果てにはインドの象の神様・ガネーシャまで現れた。世界の神仏大集合でリアル女神転生状態である。一体どの神様仏様を拝めばいいのでしょう。
それにしてもガネーシャ像だけは青銅製でなかなかご立派である。これももしかすると住職のコレクションなのだろうか。

謎の石像群にばかり気を取られていてすっかり本堂の中を見るのも忘れてしまった。結局何の寺なのかよく分からないまま帰ってしまった。またもう一度来るしかないな。

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東京DEEP案内の管理人です。2008年の開設以来、首都圏一都三県の街歩き情報を淡々と記録し続けております。いわゆる日陰者的物件、観光地にもならない場所、ちょっとアレな地域を見物・考察する事を趣味としております。2017年6月15日、単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を発売。
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