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高架下萌え (6) 浅草橋高架下探検<前編>

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総武線浅草橋駅にやってきた。
すぐ隣には巨大オタク街・秋葉原があり毎日大量の乗降客が行き交っているが、そんな雰囲気とは程遠い下町臭さがホームを降りた瞬間から漂ってくる。

ホームの中央に並ぶ鉄骨の支柱が特徴的でレトロな浅草橋駅。しかしレトロなのは駅のホームだけに限らない。



浅草橋は人形問屋と玩具問屋の街で知られているが、東京の地理に疎い人間には浅草とよく間違われる駅としても有名である。
しかし一部の高架下萌えマニアにとって浅草橋は「高架下建築」の名所として絶賛されている。

浅草橋駅のホームを下から見上げると、ホーム全体が外側に大きく張り出している。その下を店舗や倉庫、さらに住宅に至るまで様々な建築物が並んでいるのだ。

戦後のドサクサと住宅不足から人々が好んで高架下に家を作ってしまったのがそのまま残っている浅草橋界隈。貴重なのはそんな家々が現役バリバリで使われている事だ。総武線の橋脚にバラック建築がガッチリと組み込まれている様子はある意味芸術的だ。

さらに浅草橋駅東側に足を伸ばしてみよう。人形の秀月やら久月やら駅前から続く老舗の人形問屋を横目に高架下には問屋の倉庫に並んで居酒屋やバラック家屋がまだまだ容赦なく続く。

長年の経年劣化か地盤沈下か、建物全体が右側に傾斜しているレトロな高架下民家。

民家の形も間口も各自バラバラというのが実に味わい深い。早いもの勝ちで建てたからか知らぬが後に残ったスペースに無理矢理建てました的なバラックが一軒だけ印象深い。

さらにガード下に入ると、既に店じまいしてしまった居酒屋らしき店舗の跡が橋脚の股ぐらにすっぽり収まっている。「酒乃店 福禄」とコンクリート直書き状態の屋号が戦後の風情を保つ。

外壁がピンク色に塗られた店舗兼民家と思われる建物には玄関口に公明党ポスターがべったり貼られている。人が住んでいるのかどうかも疑わしいような佇まいだが、一応郵便ポストもあるし誰か暮らしているのだろう。

高架下には民家だけではなく問屋の倉庫や工場らしき物件もちらほら。高架下とともに暮らしてきた稀有な空間がひたすら広がっている。

改めて、浅草橋駅東側の高架下建築群を遠目から見る。なかなか壮観だ。
とはいえ建物の老朽化や住民の高齢化もあって、年々建物が壊されて順次コインパーキングや月極駐車場と化している。高架下レトロ遺産は年々崩壊の危機にあるのだ。

総武線の高架はそのまま隅田川を渡って両国へと至る。両国の名の通り、ここでかつての武蔵の国と下総の国を分かつ。東京DEEP案内的には総武線で一番面白いゾーンなのだが。錦糸町とか亀戸とかもあるし。

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東京DEEP案内の管理人です。2008年の開設以来、首都圏一都三県の街歩き情報を淡々と記録し続けております。いわゆる日陰者的物件、観光地にもならない場所、ちょっとアレな地域を見物・考察する事を趣味としております。2017年6月15日、単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を発売。
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