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東京の台所「築地」 (3) 築地場外市場<後編>

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引き続き東京の台所「築地」の場外市場辺りをうろうろしていこうと思う。

築地市場入口と波除神社に通じる「波除通り」は場外市場の中でも割と開けた道になっていて、休日はやはり観光客の姿が多い。通りに面したビルはおおむね1階が店舗で、2階から上は住居と店舗が混在している。



1階部分の商店街を見ると、観光客があちこちと店の前に行列を作っている。特にやたら行列が目立つのが、店の入口にコック姿にテリー伊藤の顔写真が掛かっている「丸武」という玉子焼きの店。
道理で行列の量が違うと思ったら、ここはテリー伊藤の実家の店で、実兄が経営しているのだ。さすが芸能人に弱い東京人。
しかもよく見ると玉子焼きではなくテリー伊藤プロデュースの新製品「玉子焼スイーツ」が新製品として大々的に売られていたのである。もはやお笑い築地場外市場状態。

そもそも良く見たら築地場外市場の各所にテリー伊藤のポスターが貼られまくっている。顔出し過ぎ。

波除通り沿いはいかにも感漂うテリー伊藤の店の他、明らかに観光客向けな休憩所が作られている一方で、戦後のドサクサ状態のバラックがそのまま残ったような店もちらほら見かける。すぐ背後は築地市場の敷地だ。

ここでも古くからの店は日曜日休業の所が多い。埋め立てられた築地川の跡地を境に、おおよそ観光客が居なくなる。

かつて築地川に掛かっていた「小田原橋」の欄干だけがそのまま残っている。戦後になって埋め立てられた土地の殆どが市場関係者の駐車場になっている。

小田原橋から築地市場の入口までは古い商店しかなく、日曜日は見事にシャッター通りと化す。観光客は端からアテにしていない。元々は観光地でもないのだから、当然っちゃ当然か。

波除通りの突き当たりに建つ「波除稲荷神社」。築地の街の総鎮守である。

築地一帯は江戸時代に幕府によって埋め立てられた土地だが、埋立ての為の土砂が何度も波に浚われ困難を極めたという。ある時に海面に輝くものがあり、拾い上げると稲荷大神の御神体だった。それを丁重に祀った所災難が収まり無事に埋め立て工事が完了した、いうのが神社の由来。

こじんまりとした神社の境内、鳥居を潜った両側にはでかい獅子の顔が祀られていて迫力がある。毎年6月にはこの獅子を担いで町内を練り歩く「つきじ獅子祭」が執り行われる。

それよりも波除神社が個性的なのが、境内各所に置かれた食べ物にまつわる「塚」の数々。さすが市場の街として長年歴史を刻んできただけの事はある。
鶏卵への日々の感謝とヒヨコの霊を供養する「玉子塚」。こういうのはあまり他所では見かける事がない。



さらには「寿司塚」「海老塚」「鮟鱇塚」「活魚塚」などと寿司と鮮魚に纏わる塚がこれでもかと置かれている。食にたずさわる築地の人々が食物への感謝を忘れずに居る一つの証であるとも言える。
近年は大規模小売店舗による仲卸しを省いた直接仕入れによって食品のデフレ現象が止まらない。今のところ築地市場は活気に満ちているが、世の中の本流は大量消費時代のシステマティックで無味乾燥な流通システムに従おうとしている。
今どきの現代人の感覚からすると玉子塚なんてただ滑稽に見えるだけのものかも知れないが、食べ物への感謝の心をどこかに置き忘れていないだろうか、ふと頭をよぎった。



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東京DEEP案内の管理人です。2008年の開設以来、首都圏一都三県の街歩き情報を淡々と記録し続けております。いわゆる日陰者的物件、観光地にもならない場所、ちょっとアレな地域を見物・考察する事を趣味としております。2017年6月15日、単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を発売。
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