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セレブの憧れ・白金台 (4) 芝白金今里町

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セレブと下町が同居する不思議な白金台界隈をくまなく探索している東京DEEP案内取材班、次は目黒通りを挟んだ南側一帯に回る事にした。
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東急ストアなどがある目黒通りから一歩中に入った路地には、途端に英語で「CAUTION」などと注意書きが書かれた謎めいた住宅街がある。まさかこの中だけ米軍施設か?と早とちりしてしまいそうだが、どうやら違うらしい。


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この一画は「芙蓉コンパウンド」という名前の高級戸建て住宅群。やはり英語で書かれている注意書き看板を見てもなかなか古さを感じさせる物件だが、わずか7棟しかない家の住人は外国人ばかり。
最初から富裕層の外国人を当て込んで作られた住宅のようだが、賃貸で借りると85万とか140万もするらしい。庶民には手が出ません(→詳細
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芙蓉コンパウンドは無理だという貧民でも暮らせそうな住宅がちょうど真裏あたりにある。公団芝白金団地。しかしわずか4棟しかない小規模団地だ。
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団地の入口に記された住所が昔のものだった。港区芝白金今里町116。これを見てもかなり古い団地だという事は分かるが、昭和34(1959)年築だった。想像以上にボロい。
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芝白金今里町という地名を見ると、明治時代の地図には屠畜場があった事が記されている。
もちろん現在では存在しないが、東京で最初の食肉処理場がこの今里町の地に作られたのだ。
白金に居宅を構えていた福沢諭吉が安政年間に「豚の頭を解剖して食った」と福翁自伝に書き残している通り、この時代には日本の食肉史が表舞台に出てくる事となる。
「肉は栄養価が高い、日本人も肉を食うべきだ」と言ったかどうかは知らんが、肉食を積極的に奨励したのは他ならぬ福沢諭吉だった。ちなみに浅草や人形町などにあるすき焼き専門店「今半」の「今」の字は、ここ芝白金今里町から来ている。
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しかし時代も変わればそんな土地であった事実すら分からない。ひたすら高級住宅が広がるだけの風景である。そして相変わらず坂だらけの地形。Y字路に合わせて作られている奇妙な形の家が目に付いた。
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そんな路地を抜けると、角に曰くありげな地蔵堂が建っているのが見える。元禄今里地蔵尊という古いお地蔵様がいる。その名の通り元禄年間に建てられたもの。
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地蔵堂の扉が閉ざされ中を見る事ができないが、よく見ると脇に小さなお地蔵様が置かれていた。
この付近には玉川上水から分水されて目黒区三田方面に流されていた三田用水という用水路の遺構が残っている。
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この付近の住宅地にもまんべんなくボロアパートが点在していて対比が面白い。
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住所は白金台になってはいるが、この辺りまで来ると白金の外れ、むしろ高輪台駅の方が近くなる。
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そしてこの界隈も戦前建築の民家も適度に残っている。やはり散歩するには飽きる事のない土地だ。

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東京DEEP案内の管理人です。2008年の開設以来、首都圏一都三県の街歩き情報を淡々と記録し続けております。いわゆる日陰者的物件、観光地にもならない場所、ちょっとアレな地域を見物・考察する事を趣味としております。2017年6月15日、単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を発売。
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