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花街の痕跡・四谷荒木町 (3) すり鉢底の料亭街

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かつての花街だった四谷荒木町には策の池を中心におよそ80軒もの芸妓屋がひしめき合っていたと言われている。
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その殆どは姿を消してしまっているが、いまだに数軒だけであるが「すり鉢」の底に料亭の建物が残っている箇所がある。


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まず津の守弁財天の前に建つ白い壁が特徴的な料亭「雪むら」が目に付く。見た感じはそれほど荒れてもいないのだが、既に営業していないらしい。時代の流れに取り残されて次々廃業する料亭の代わりに建てられるのは無機質なマンションばかり。
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近所の河田町にフジテレビがあった頃は料亭街もそれなりに賑わっていたそうだが、それもお台場に移転してしまった。すると料亭街はみるみる衰退してしまい廃業する店が続出、代わりにサラリーマンを相手にした小規模のスナックやバーが主流になり現在に至るそうだ。
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その先にはもう普通にアパートが並んでいたりするので、意識せずに通り過ぎるとただの住宅地にしか見えない場所もある。建物の隙間から顔を覗かせるマンションは、すり鉢の底から見るとどれも異様に高く見えてしまう。
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すり鉢下の街並みもアパートや一軒家が多数を占めている他、車が通りやすくするためだろうか足元の石畳もコンクリートで埋められている。いろんな意味でもったいない事をしているような気がする。
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「雪むら」と策の池の間から続く石畳の上り階段、そこは「荒木町奥の細道」と案内板に書かれていた、最も荒木町らしい風情を残すと言われる道。だがその先もやはりマンションが迫っている。坂道に料亭がひしめき合う往時の荒木町の風情は石畳と池に残されているのみ。ちょっと悲しい。
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石畳の道は二度曲がりながらすり鉢の外に続く。その先には金丸稲荷神社がある。
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その途中で一軒の古びた料亭の建物を見る事が出来る。蔦に覆われて建物の元の形が分からないほどである。
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これが荒木町で唯一昔の料亭街のスタイルを留めていると言われる「料亭千葉」。見た目も凄いが格式は高く、一見さんお断りらしいどす。そして目の前には花街ならではの装飾を施した街灯が現役で使われている。
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料亭千葉の玄関口を正面に石畳の道はそのまま金丸稲荷神社を通って車力門通りに伸びている。
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もう一方の路地から再びすり鉢の底へ足を踏み入れてみる。下り坂の先にはやはりでかいマンションが威張り散らしていた。四谷という土地も文京区の高台と同じように富裕層のマンション需要が高いせいか、近年になって開発の度合いが激しい。
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このマンションの玄関前にもさっきの料亭千葉の前と同じような形のコンクリート街灯が置かれている。
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花街や遊郭といった場所にはこうした街灯が不思議と残っているもので、横須賀の安浦船橋の海神新地といった、既に住宅街化して素人目には分からなくなっているような場所でも、この街灯の存在が辛うじて色街の歴史の生き証人になっているのである。
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とは言っても電柱に気づかなければ、古い石畳の坂が残っているだけの普通の住宅街で終わってしまう。荒木町としても石畳の街並みを残すべく保存運動を展開しているそうだが、街並みをひっくるめた保存運動でデベロッパーの力に抗う事は難しいようだ。

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東京DEEP案内の管理人です。2008年の開設以来、首都圏一都三県の街歩き情報を淡々と記録し続けております。いわゆる日陰者的物件、観光地にもならない場所、ちょっとアレな地域を見物・考察する事を趣味としております。2017年6月15日、単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を発売。
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