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亀戸天神社と天神裏の赤線跡 (2)

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学問の神様菅原道真を祀り合格祈願の参拝者が絶えない亀戸天神社の真裏には、大規模な花街が存在していた。
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現在は殆ど住宅地に変わってしまってはいるが、何軒か料亭が残っていたり、わずかに風情が残ってもいる。建て替え工事の最中なのか、かつて料亭街だった一画が空き地になっていたりと随分寒々しい。


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亀戸天神社の真裏を東西に貫く通りが「三業通り」と呼ばれる道筋で、今ではコインパーキングや空き地がちらほら見られる寂しい街になってはいるが、この両側に料亭街の名残りを留める建物が数軒残っている。
「亀三天神町会々館」と書かれた重厚な屋根を持った建物、ここが元検番所だったようだが、10年程前に閉じられてしまい、花街としての歴史は潰えているようだ。
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三業通り沿いは純然とした花柳界で、日露戦争後の明治38(1905)年に生まれ、戦後長らく続いていた。

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しかし銭湯「天神湯」の先には「亀戸遊園地」という私娼窟(カフェー街)が存在し、関東大震災後に倒壊した浅草十二階下(凌雲閣)から焼け出された業者が移転し、玉の井と並ぶ二大私娼窟を形成、戦災で焼けるも、昭和33(1958)年の法律施行まで続いていた。
今訪れてもどこが赤線跡だったのか、さっぱり分からないくらいに街が変わってしまっている。ちなみに水上勉原作の映画「飢餓海峡」(1965年)にも亀戸天神が出てくるシーンがある。

玉の井と並ぶ私娼窟だったなんて、昔はさぞ凄まじい場所だったのだろうが、今来てみるとカフェー街の建物一つ残っている訳でもなく至る所駐車場だらけで、ちょっと気分が萎えてくる。
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広々と隙間が出来てしまった旧三業地の街並みからは巨大な東京スカイツリーがにょきにょきと姿を表している。亀戸から押上あたりは目と鼻の先にあるので、どこに居ても見えるが、完成時に高さ634メートルまで伸びたらもっと遠くからでも目立つだろう。
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三業通り沿いには「寿々代」という屋号の料亭が現役で営業している。昔はもっと大きかったそうだが、店舗を建て替えてしまいかなりこじんまりとした小綺麗な外観に変わっている。
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とはいえ料亭街の名残りも旧検番所の辺りにわずかにあるだけで、後はこんな感じのボロアパートがズラズラ並んでいるだけだ。独居の労務者ばかりが住んでいるような佇まいで、アパートの前にずらりと並べられた自転車の姿も、山谷のドヤをどことなく想像させる。
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三業通りの西側は横十間川。川を挟んで墨田区の錦糸町エリアとなる。そしてやはり川沿いには容赦なくボロアパートが軒を連ねていた。
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ちなみに三業通りの正面から見える特徴的な団地建築は都営横川五丁目アパート。整然と並ぶマス型の住居が団地マニアにはたまらないそうだ。

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東京DEEP案内の管理人です。2008年の開設以来、首都圏一都三県の街歩き情報を淡々と記録し続けております。いわゆる日陰者的物件、観光地にもならない場所、ちょっとアレな地域を見物・考察する事を趣味としております。2017年6月15日、単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を発売。
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