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青山霊園周辺 (3) 西麻布二丁目ボロ木造家屋群<後編>

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港区西麻布二丁目(麻布笄町)、外苑西通り脇の一角に突如として現れる戦後のドサクサ感満載のオンボロ木造家屋群。それは巨大墓地青山霊園に隣接し、暗渠と化した笄川に沿って立ち並んでいる。
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おそらく戦後長らく続けられていたであろう庶民の生活様式がそのまま残っているかのような不思議な一角、まさかここが西麻布の一部であるという事は、傍目からは想像出来ないであろう。


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空き家となった木造家屋には所々「巡回警備強化中」の張り紙が貼られている。そして「私有地につき、無断立入を禁じます」との注意書きも。
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ボロ長屋が並ぶこの区画の各所に同じ張り紙があるので、おそらく土地一帯は同じ地主が所有しているものと考えて間違いないようだ。
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反対側の道沿いに出てきた。この道の下に暗渠化した笄川が流れているらしい。ちなみに笄川の「笄(こうがい)」とは髪留めの一種である。道理で見慣れない漢字だった訳だ。
この笄川は青山霊園あたりを源流に支流が幾つも枝分かれして、天現寺橋で下流の古川(渋谷川)に注いでいるが、全て暗渠化されていて実際の川の姿が拝めないという、ちょっと特殊な川である。暗渠マニア界隈にはかなりお勧めの川らしいです。
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昔は笄川も地上で流れていたようで、ボロ長屋ゾーンの西側に並んでいるのは、かつての川沿いの家々という事になるだろうか。それにしてもボロ具合が相変わらず素晴らしい。
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ボロ長屋ゾーンの西側から西麻布交差点方面に続く道は不自然なY字路となっている。この左側が暗渠化した笄川が流れている。暗渠ロードと元からの道が並行して走っていて、しかも一方通行となっているのだ。
路面上にもでかい一方通行標識が塗装されていてドライバーに注意を促している。どうやら車は右側通行のようです。
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青山も西麻布もひたすらセレブ志向の土地で、高台にはびっしりと高級マンションやご立派な一軒家が連なっていたりする場所だが、この一角だけはやけに下町臭い。そしてすこぶる活気に乏しい。
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ボロ長屋ゾーンを少し外れた場所にも容赦なくボロアパートが取り残されたように佇んでいる。これは素敵な西麻布ライフですね。
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しかしこういう場所に限って社民党とか左翼政党のポスター率が高いのである。
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そのY字路の傍らには慶応元年と記されている古い庚申塔が建つ。庚申塔は昔の道標。右は「あをやま(青山)」「内とう志ん宿(内藤新宿)」などと書かれているが昔の文字は読みづらい。
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ボロ長屋ゾーンに面した西側の高台も、よくよく見てみると青山霊園の一部、附属立山墓地となっている。立山墓地は会津藩出身の桐生氏が開いた墓地、現在の青山霊園の元となった墓地である。
つまりこの一帯は両側を墓場の高台に挟まれた窪地という、随分アレな立地という事になる。多分戦後特有の事情になるのだろうが、そもそも何故こんな場所に家を建てる事になったのだろうか。
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最後に隣接するマンションの踊り場から西麻布二丁目ボロ長屋ゾーンの全体図を俯瞰してみた。切り取られたかのように残る凄まじくレトロな空間。最寄り駅である表参道・乃木坂・六本木とどの駅からも遠い場所だが、一度は訪れる価値はある。

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東京DEEP案内の管理人です。2008年の開設以来、首都圏一都三県の街歩き情報を淡々と記録し続けております。いわゆる日陰者的物件、観光地にもならない場所、ちょっとアレな地域を見物・考察する事を趣味としております。2017年6月15日、単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を発売。
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