「 廃墟 」一覧

全81件中 31〜45件目を表示

NO IMAGE

地上げで壊滅寸前「中野45番街」の現状 (1)

またまた、かなり久しぶりに中野の街にやってきた。中野と言えばどこぞの調査で「住みたい街」「住んでよかった街」のランキングに常連で出てくるような街で、吉祥寺や下北沢だのといった浮ついたおのぼりさんの闊歩する街というイメージが個人的には強い。非...

>記事全文を読む

NO IMAGE

横浜根岸界隈を行く (4) 根岸競馬場一等観覧席

横浜市中区簑沢、根岸森林公園のある高台西側の一角にそびえる日本最初の洋式競馬場の遺構、旧横浜競馬場(根岸競馬場)の一等観覧席。1930年に建設された建物は当時のままの姿を留めている。 現在では公園の広場と一体化していて、綺麗に整備されたな...

>記事全文を読む

NO IMAGE

米軍基地の残骸・府中トロポサイト (2)

京王線府中駅から北東へ約1.5キロ、府中の森公園などがある府中市浅間町に広がる米軍通信基地「府中トロポサイト」の廃墟、その現状を見るべく、基地跡の周囲を一周してみる事にした。 基地南東側から反時計回りにフェンスに沿って歩いて行く。基地跡か...

>記事全文を読む

NO IMAGE

米軍基地の残骸・府中トロポサイト (1)

東京近郊には戦後米軍に接収され、その後使われなくなり日本に返還された土地が放置されて広大な廃墟になっている場所がある。立川の国営昭和記念公園隣の「キャンプ・フィンカム」や朝霞にある「キャンプ・ドレイク」の他に、府中にも米軍の通信基地(府中ト...

>記事全文を読む

NO IMAGE

小田原アンダーグラウンド「宮小路」 (4)

小田原市本町、かつて宿場町として、さらに漁師町としても賑わった旧市街地における大人の社交所「宮小路」の現在は古びたスナックや連れ込み宿が辛うじて残るオールドタウンと化してしまっていた。 老い先短い高齢者を見ているような気分になっていたたま...

>記事全文を読む

NO IMAGE

小田原アンダーグラウンド「宮小路」 (3)

小田原旧市街地の繁華街「宮小路」は寂れてどうにもならない商店街や外国人パブばかりかという訳でもなく、実はこっそり旅館街も残っている。 国道1号の国際通り交差点から西側2つめ、セブンイレブンの店舗がある路地を入り込むとそこが旅館街の成れの果...

>記事全文を読む

NO IMAGE

小田原アンダーグラウンド「宮小路」 (2)

かつて小田原の夜の街として賑わっていたという「宮小路」も、駅から徒歩10分以上という立地の悪さもあってか、訪れてみると気の毒なくらいに寂れてしまっていてなんともいたたまれない気持ちになる。 国際通り交差点の近くから宮小路の路地に入る。目の...

>記事全文を読む

NO IMAGE

小田原アンダーグラウンド「宮小路」 (1)

小田原駅から少し離れた本町あたりが昔の繁華街だったが今では無残なシャッター通りと化している様子は先程見てきた。 本町二丁目、国道1号線の南側と青物町商店街の西側一帯を「宮小路」と呼び、ここは三業地でもあった古くからの小田原における歓楽街。...

>記事全文を読む

【軍都立川】米軍立川基地「キャンプ・フィンカム」の残骸を探しに国営昭和記念公園を歩き倒す

【軍都立川】米軍立川基地「キャンプ・フィンカム」の残骸を探しに国営昭和記念公園を歩き倒す

立川の米軍基地「キャンプ・フィンカム」の残骸を求めてやってきた我々東京DEEP案内取材班だが、米軍ハウスがズラリと並ぶアメリカンビレッジの前で管理人のオッサンににべもなく追い返されてどうする事も出来ず、そのまま国営昭和記念公園へとなだれこん...

>記事全文を読む

NO IMAGE

中華タウン化が激しいと言われる大宮「東宮下団地」見学 (2)

さいたま市見沼区にある県営東宮下団地一帯は中国人やベトナム人を中心に外国人住民が流入する多国籍化団地の一つである。その話を耳にした東京DEEP案内取材班、意気揚々に団地の様子を伺いに来た訳だが、海外放送受信用のでかいパラボラアンテナを掲げた...

>記事全文を読む

NO IMAGE

セメントと織物産業で栄えた「秩父」の花街跡 (2)

秩父に残る花街の痕跡を見に本町の下平通りを通りがかったが、さらに路地裏に足を踏み入れるとまだまだ見所が残っている。 ヨガ教室となっている元妓楼(花月)の向かいから車幅ぎりぎりの細い路地が奥へ伸びているので入ってみると、住宅街に紛れて廃...

>記事全文を読む

新小岩アンダーグラウンド横丁「スバル飲食街」が廃れ過ぎててヤバイ

新小岩アンダーグラウンド横丁「スバル飲食街」が廃れ過ぎててヤバイ

新小岩駅南口からルミエール商店街に一番通りには入らず、平和橋通りを挟んだ東側の住宅街に、まるで戦後のドサクサを思わせるような怪しげな横丁が残っている。

>記事全文を読む

東日本屈指の漁港「銚子市田中町」の赤線跡が中国スナック街になっていた

東日本屈指の漁港「銚子市田中町」の赤線跡が中国スナック街になっていた

東京から車で片道二時間、関東の東の最果てに位置する東日本屈指の漁港・千葉県銚子市に特飲街の成れの果てとなった盛り場が残っているというので見に行った。

>記事全文を読む

NO IMAGE

底辺外国人労働者に支えられる漁港・銚子市の現状 (1)

東京DEEP案内取材班は遠路はるばる千葉県の東の最果て、銚子市にやってきた。利根川最下流、太平洋に突き出す形で伸びる漁港と醤油の街、東京から見れば地の果てのような場所で、千葉市からでも特急電車で1時間半も掛かる僻地だが、千葉県内では千葉市の...

>記事全文を読む

NO IMAGE

千葉の渋谷らしい「柏」 (4) 韓国カラオケ居酒屋

柏銀座通りを歩いていると、怪しげなスナックやキャバクラが軒を連ねる一方で、廃墟同然で残る古い飲食街の建物も残っている。 それはちょうどホワイト餃子柏店の真向かいに鎮座している。色あせた「白鶴」の文字の周囲には営業しているのかどうかも定かで...

>記事全文を読む

DEEP案内シリーズ全文検索

DEEP案内シリーズ全サイトから記事の検索ができる便利な機能です。

トップへ戻る
Copy Protected by Chetan's WP-Copyprotect.