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【田園都市線とは何なのか】東急ブランドで埋め尽くされた街「たまプラーザ」を訪れた

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これまで首都圏の陰気臭い街や日陰者物件ばかりを扱いゴチャゴチャしたド底辺下町タウンが大好きなDEEP案内取材班が長らく見過ごしてきたのが「東急田園都市線」という路線である。エベネザー・ハワードというイギリス人の『田園都市論』に基づき東急グループが横浜市北部の山をごっそり切り開いて鉄道を通し「多摩田園都市」と称する一大ニュータウンを建設した、一民間企業が作り上げた壮大な人工都市である。どうもそういった人工的な街並みには興味が持てず避けていたままだった。

そんな東急田園都市線の代表的な街の一つに挙がるのが「たまプラーザ」という場所だ。通称「たまプラ」。住所は横浜市青葉区美しが丘に属し、渋谷から急行で片道20分で来られる。改札階に上がるや、のっけからどこぞの国際空港かよと思わせるような開放的な高い天井を持つ新駅舎が出迎える。東急グループがどれだけこの土地に気合を入れているのか、当駅がそのブランド作りの「本丸」となっていることがありありと分かる。

シャレオツ過ぎて鼻血が出そうなたまプラーザ新駅舎

駅前再開発で2009年に完成したたまプラーザ駅の新駅舎は「たまプラーザテラス」と称される商業施設の一角を成し、駅構内から既に東急ブランド的なシャレオツショップが入居する「洗練された駅前空間」が演出されている。意識たっけー。あまりにシャレオツ過ぎて鼻血が出そうになるぞ。

新駅舎完成の翌年2010年には鉄道建築協会「最優秀協会賞」を受賞したと東急グループも鼻高々の駅舎を後にする。そもそもこの「たまプラーザ」という一風妙ちくりんな駅名も昭和41(1966)年の駅開業当時の東急社長・五島昇氏が直々に命名をしているほどのもので、田園都市の拠点となる街を作るべくスペイン語の「広場」を意味する「Plaza」を駅名に取り入れた。まさしくここが「多摩田園都市」を作り上げた東急王国の中心地である。

駅舎を降りても目の前の横断歩道の先も手前も全部「たまプラーザテラス」の一部であり東急ブランドで埋め尽くされている。この街ではもはや東急グループを敵に回すと住めなくなるほどの勢いである。最近では二子玉川の駅前も似たような感じの「二子玉川ライズ」なるショッピングモールが整備されているが、やはり勝ち組私鉄の東急グループはやることなすこと強気の一点張りである。

TBSが仕掛けた「金妻ブーム」が作り上げた田園都市線独自の郊外型セレブタウン像

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70年代以降ニュータウン開発が進められてきた田園都市線沿線だが、昭和45(1970)年当時のたまプラーザ駅周辺の航空写真を見ても新たに整備された団地が駅の北側に並んでいるだけで沿線全体もまだ開発途上だった。

この状況が一変したのが昭和58(1983)年からTBSが放送したドラマ「金曜日の妻たちへ」シリーズの登場である。このドラマでは田園都市線沿線に住む小金持ちの30代、40代既婚男女を主要登場人物に据え、郊外の田園都市でのプチセレブで奔放な暮らしっぷりを全面に押し出したことでドラマが大ヒット、空前のブームが起こり田園都市線沿線の街は「金妻タウン」と持て囃され、バブル景気の上昇気流も追い風になり急激に沿線人口が増え、地価も急騰しだしたのだ。

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ドラマの放送とほぼ同時期、TBSが同じ青葉区内に『風雲!たけし城』で有名な「緑山スタジオ」を設置したこともあって田園都市線沿線の街はテレビドラマのロケにも都合が良く、東急にとっても金妻ブームによる沿線ブランドイメージの向上は都合の良かった出来事であったろう。TBSと東急はこの土地でどれだけ美味しい思いをしてきたのだろうね。

もし緑山スタジオが作られることなく、この地域が「金妻」の舞台にならなければ、田園都市線の立ち位置は今よりもう少し変わっていたのかも知れない。ともかくそのくらいの尋常ならない影響力をテレビドラマが持っていた時代の話である。

まあでも我々から言わせればテレビにホイホイ載せられて住んじゃうような人達って頭がおめでたいし、ミーハー極まりないとしか思えんのだが、今の若い世代には80~90年代の『金妻世代』のバブリーな価値観なんて到底理解不能だろう。

世代交代しても沿線人口が減少どころか増加に転じ田園都市線の「お客様混雑」も解消しない

しかしそんな「金妻ブーム」から既に30年以上が経過しているのが現在である。当時のブームに乗っかって憧れから田園都市線沿線に移り住んできた中心世代は既に定年後の60~70代となっている。

それでも高齢化で人口が減少する京王線や西武線の走る都内の多摩地域とは異なり、商売っ気に抜け目のない東急グループはたまプラーザ駅やその他の駅前の再開発、商業施設の建設、宅地開発に至るまで手抜かりなく続けており新たな沿線人口は増える一方、これにより田園都市線名物の「お客様混雑」も解消するどころか酷くなる一方という状況を生み出している。

たまプラーザ駅前から真正面の東急百貨店たまプラーザ店に行き来する通行人にはそんな元金妻世代のオホホザーマスな鼻の高そうなマダムが多数混じっている。目黒や世田谷にいる連中とはまた別の「鼻につく感」がありますね…しかし通行人の中には働き盛り世代も多い。西武とか東武の沿線と違ってどこまで郊外に出ても住民のアッパーぶりと若々しさが目立つんですね…

そしてこの土地に住まうのは神奈川県トップクラスの平均年収765万円、住民の4人に1人が1000万円オーバーという安定の高所得世帯率を誇る横浜市青葉区民であり、高い購買力をもって東急百貨店及び各社の収益源として日々東急グループに活力を与えている。ほんと商売上手ですね東急さんは。

意識高い田都住民「とにかくデザインがいいですね」

でも傍から見れば、赤提灯の酒場やら風俗店のような「不純物」が取り除かれ人間味もクソもない、そんな人工的なベッドタウンばかりの街なのに毎日キ○ガイみたいな満員電車に揺られて「お客様トラブル」で遅延は日常茶飯事、首都圏鉄道最悪クラスの痛勤生活を強いられながら不当にお高い家賃を払い続ける田園都市線住民は当方から見るとマゾヒストか何かにしか思えず全く理解不能な人種である。もしこっちがその身になったら一週間足らずで発狂死すること請け合いだ。

田都住民は一体こうした街の何が気に入って住んでいるのだろう、と考えてしまうのだが、彼らに言わせればとにかく「街の設計やデザインが素晴らしい」からという理由が挙がるらしい。なんだかブルーボトルコーヒーを西海岸のなんたらとか褒めてる意識の高い人みたいなセリフだな。まあ、本当の金持ちは電車なんぞ使わず国道246号や東名高速を使って華麗に外車で通勤するのが日常生活なので田園都市線の混雑はさほど無関係なのだろう。

築ほぼ50年なのに中古2LDKが3000万!「たまプラーザ団地」

例えば街の設計を褒める理由というのもこのような連絡通路が整備され、住民が危ない車道を一切渡らずに歩道を通るだけで家に帰れるとか、そういう具体例を指しているようだ。確かにデザインや設計や都市の美観やらそういうものにこだわる人種には魅力的に映るのかも知れない。…で、いつの間にかたまプラーザ駅前からズルズルと連絡通路を歩いて「たまプラーザ団地」の前までやってきてしまった。

たまプラーザ駅北側一面に広がる「たまプラーザ団地」は駅開業直後の街開き初期にあたる昭和43(1968)年に建てられている。公営でも賃貸でもなく旧都市基盤整備公団によって建てられた分譲住宅となっている。老朽化でそろそろ建て替えを…という声が出そうなほど築年数も古いが駅近ということもあり築50年近いにも関わらず中古でも2LDK、敷面積約55㎡でも概ね3千万円台という、かなり強気の価格設定である。根強い田園都市線人気を裏付けているのか…

都心からこれだけ離れた場所の老朽化団地など、通常なら手押し車をヨタヨタ推しながら辛うじて移動するヨレヨレの爺さん婆さんばかりで、ベランダや部屋の窓に公明党ポスターを貼りまくっている光景がデフォルトのはずだが、ここ「たまプラーザ」ともなれば団地の住民までオホホザーマス状態である。やはり東急クオリティの魔力が甚大なのである。

そんな「たまプラ」にも庶民の息づく空間が一応ながらある

これまで散々東急マジックに彩られた駅前風景ばかり見てきたわけだが、仮にもたまプラーザ駅周辺は田園都市線でも屈指の発展ぶりを誇る街の一つである。東急以外にも色々と見て回れる場所は一応ながらあるようだ。

東急百貨店、イトーヨーカドーの先に西に向けて伸びる「たまプラーザ駅前通り商店会」というのがある。ここは個人商店が中心で東急グループの臭いはあまり感じられない地元民向けの商店街のようだが、並んでいる店もお上品なマダムを相手にしたような店ばかりで、ダサいリサイクルブティックなんぞは入る余地がない。

子供向け英会話スクールだの帰国子女アカデミーといった教育関係テナント、それにイタリアやらスペインバルといった意識の高そうな食い物屋しかない。呑んだくれ親父の溜まり場となるような場末感のあるスナックとか赤提灯は皆無である。

一方で駅東側を南北に通る「たまプラーザ中央商店街」は野暮ったいラーメン屋とかチェーン系居酒屋がちらほら出店する、駅前では唯一とも言える人間味ある飲食街が広がっている。せいぜい仕事帰りのサラリーマン親父連中が息抜きできるとしたらこのへんかね…

そんなたまプラの呑み屋街にまで「串カツ田中」が抜け目なく出店している。串カツはどうでもいいが、今の時代、大阪南河内のソウルフード「さいぼし」「かすうどん」がこんな猥雑という言葉からおおよそかけ離れたこの街でも食べられるとは、昭和の時代に上京した関西人には誰が想像できたであろうか。

でもこの街では赤提灯ゾーンはマイノリティ中のマイノリティでしかなく、この一角しか呑み屋街がない上にどこかシケた佇まいである。やっぱりたまプラーザに住むようなマイノリティの呑兵衛は小洒落たスペインバルとかでワインでも飲むしかないのか。


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東京DEEP案内の管理人です。2008年の開設以来、首都圏一都三県の街歩き情報を淡々と記録し続けております。いわゆる日陰者的物件、観光地にもならない場所、ちょっとアレな地域を見物・考察する事を趣味としております。2017年6月15日、単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を発売。
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