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飯能市旧名栗村・旧埼玉銀行頭取が築いた宗教パラダイス空間「鳥居観音」 (全2ページ)

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秩父路の入口、埼玉県飯能市から山深く入った名栗地区。(少し前までは入間郡名栗村だったが2005年に合併で飯能市に編入)青梅と秩父を結ぶ県道53号(青梅秩父線)が走る鄙びた山村の一画に「白雲山鳥居観音」という寺がひっそり佇んでいる。

玄関先だけ見れば素通りしてしまいそうな程普通の外観をしている訳であるが、この寺の設立経緯を知るとそんじょそこらの寺とは違う事が分かる。

明治25(1892)年この地に生まれた平沼彌太郎氏が創立した寺であるのだが、この平沼氏が大正・昭和初期にかけて政財界に名を残した人物で、旧埼玉銀行頭取、参議院議員まで務めたという経歴の持ち主だった。

そんな大物が、観音信仰の厚い実母の「遺言」をきっかけに、出生地であるこの白雲山一帯にたった一人で寺を開き、昭和15(1940)年から30年の長きにわたり数々の仏像やお堂を本人がこつこつ建設してきたというのがこの鳥居観音。

そんな経緯を聞いただけでブッ飛んでるよなぁと感心せずにはいられないのだが、いかんせん山奥にあるものでなかなか行ける機会が無かった。最寄りの飯能駅からバスで1時間という場所だ。車がないとキツい。

まずは山に登る前に、観音様が安置されている麓の本堂にお参りする事にしよう。とは言っても我々の他に参拝者の姿はなく、寺の関係者を含めて他に誰もいないという状況。いささか心細い。

御本尊にしっかりお参りしてきた後は、傍らに建立されている開祖・平沼彌太郎氏の銅像にも手を合わせておきたい。碑文では平沼桐江(とうこう)という名前になっているが、仏像彫刻家としても名が知れ渡るようになった。

この御方こそが偉大なるパラダイスの主である。1985年に93歳で死没。しっかり老後の趣味を持っておくと後々長生きするものである。

その隣には彌太郎氏の実母である平沼とみ夫人の胸像も置かれている。どうしてかお偉いさんは銅像を作りたがるものなのか知らぬがひとまず合掌。

本堂の隅に八角形型の変わった建築物が見える。「鳥居文庫」と呼ばれる建物だが書物の類はなく、過去に平沼氏が制作した数々の彫刻類の成れの果てが収納されている。

白雲山全体が境内になっているため、この先に行くには本格的に登山スタイルで臨まなくてはならない。だが頂上まではなんとなく車道も通じているので車で登る事も可能だ。徒歩だと40分掛かるらしいが、車だと5分程度。

この先は有料ゾーンとなっているので、麓の奉納金入れに「道路の修繕費として」と書かれている通り、通行料金に500円玉一枚をチャリンを入れてから登る事になる。ちなみに徒歩だと200円、バイクだと300円らしい。

だが途中の車道のあまりの急勾配ぶりに車を停める余裕もない。運転に自信が無ければ麓に車を置いてから来た方がよかろう。少し登るとご立派な中華風味の玉華門が現れる。昭和44(1969)年建立。これも平沼氏個人が造ったものだそうだ。

さらに山道を登ると五角形の大鐘楼が現れる。昭和52(1977)年建立。晩年の作品ということになるか。銀行の頭取を務めた人物が個人で建てたとは思えない出来栄えの良さである。

ようやく急坂の車道を登り詰めた頃には向かいの山からなにやら地球儀に乗った観音様の像が見えてくる。これだけのものをたった一人で作り上げたのだという事を考えると、あまりにスケールがデカ過ぎる。

正式名称は「地球愛護平和観音」。昭和50(1975)年建立。地球儀は直径5メートルもする。一応展望台にもなっているようだが、今回は遠目に眺めるだけに留めた。

山を縫うように走る車道は境内最奥部、白雲山の頂上にそびえる救世大観音へと至る。これも遠目に見るとスケールのでかさを実感させられる。麓からノコノコ歩いて来ると確かに40分掛かるだろうなこりゃ。

まず救世大観音前にあるどん詰まりの駐車場に車を停めて、周囲を見て回る事にした。大観音が見下ろすこの一帯は「鳥居観音霊園」になっていて、時折ここまで墓参りに訪れる参拝者の姿もある。険しい道程に墓参りも楽じゃなさそうだが。

見晴らしの良い山頂部に広がる霊園。ここに眠るのは、おそらく地元名栗の村人だろうか。霊園としてはそれほど大規模なものではない。

傍らには「満蒙開拓青年義勇軍」の石碑がデデーンと建っている。戦時中に15~18歳の年端もいかぬ青年が満蒙開拓移民として満州に送り込まれた話だ。そのうち何割が生きて帰ったのだろうか。

石碑には「昭和十六年」とあるが、それはちょうど鳥居観音が開山したばかりの時期である。

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東京DEEP案内の管理人です。2008年の開設以来、首都圏一都三県の街歩き情報を淡々と記録し続けております。いわゆる日陰者的物件、観光地にもならない場所、ちょっとアレな地域を見物・考察する事を趣味としております。2017年6月15日、単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を発売。
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