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横浜駅西口裏名物!幸川沿いの不法占拠「おでん屋台村」がいよいよ姿を消そうとしている

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横浜駅西口、厳密には「相鉄口」とも呼ばれる相鉄ジョイナスの建物の真正面から伸びる繁華街は昼夜を問わず人通りが絶えず、都内の盛り場とさほど変わらない光景が広がっている。しかし唯一都内とは全く違っているのが、その繁華街の途中に川が流れ、その周囲をお下品なパチンコ屋や雑居ビル、ビブレやビックカメラの建物が囲み、どことなく大阪の道頓堀川を連想させる風景が現れる事だ。

横浜市 横浜

そして、この川沿いには長年「不法占拠」の状態のまま黙認されつつも、横浜土着民に親しまれていた屋台村が存在していた。それは現在から遡る事60年以上、昭和30(1955)年頃からこの地に存在し続けてきた、世代を越えた庶民のオアシスでもあったのだ。

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横浜ビブレから川を挟んだ向かいの、内海橋と南幸橋の間の僅か100メートル程の車道に屋台が十数台据え置かれたままになっていて、昼間はこの通り屋台は畳まれた状態になっているが…

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夕方頃から屋台がぼちぼち開き始め、勤め帰りのサラリーマンや常連客が各々の店に入り浸っては思い思いの時間を過ごしている。どの店もおでんと酒と店主の人柄を売りにしている。「不法占拠」なんて野暮な事を言うもんじゃない、ってところでしょうか。

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大方60年以上もの歴史を連ねたおでん屋台群も、店主の高齢化という避けて通れぬ道があり、屋台の何軒かは商売を辞めて立ち退いており、その部分はキッチリと再占拠防止のフェンスで覆われている。そして残っている屋台も全部が全部営業している訳でもない。ともかく「人情」が法律に勝っていた時代の名残りが、この土地でつい最近まで残っていたのだ。

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しかし、これらの屋台村の真ん前に横浜市西土木事務所長及び戸部警察署長の連名でこのようなこれ見よがし的な「屋台撤去について警告」の大看板が掲げられている。道路不法占用(道路法第32条違反)、無許可道路使用(道路交通法第77条違反)なのでただちに撤去して下さいよ、と当たり前の事が書かれているが、肝心の日付は27年も前の昭和63(1988)年12月28日。

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昭和63年の日付が書いてあったのには、その翌年の1989(平成元)年3月~10月までみなとみらい地区で開催された「横浜博覧会」を控えての「環境浄化」の標的としてこれらの不法占拠屋台が狙われた結果であった。まあ大体、お役所なんて博覧会やオリンピックやら、何かきっかけが無ければ仕事しませんからね昔も今も。開国博前の黄金町バイバイ作戦も然り。

2016年1月末で屋台村は見納めに?!

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実はこのおでん屋台群の商店主達は2010年の時点で「5年間の期限をつけてその後に自主撤去を行う」事で横浜市側と合意に達していた。あくまで不法占拠は許されないのが行政の建前だが、屋台の店主にも生活というものがあり、すぐに辞める訳にもいかない。両者の折り合いの結果そうなったという事らしい。

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そして、約束の5年は過ぎ、2016年1月末を期限におでん屋台群は全店舗「自主撤去」する事と相成ったのである。殊の外寒さが身を染みた1月ももうすぐ終わろうとしているが、屋台村の最後の見納めにやってきた。そこには相も変わらずの青一色の屋台群の姿があった。

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おでん屋台のとある店舗には、常連客が残していったと思われる感謝の言葉がペタッと貼り付けられていた。本当に60年間のおでん屋台村の歴史が終焉を迎えようとしているのだ。

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全店舗立ち退き、という結果に終わった屋台村の店主の中にはまだまだ商売を続けたいと意思を見せる方も一部にはいるそうだが、これまで不法占拠で家賃も徴収されずに商売出来ていた中で、同じ場所で同じ条件のもとで「合法的な屋台村」を行政が新たに税金を投入してまでこしらえる正当な理由も見当たらないし、そもそも横浜駅西口のこの一帯も目処は決まらないがそのうち再開発をしたいという行政の思惑もあり、屋台村の撤去という形しか取れなかったというのがある。

行政も素で川の名前を間違えていた!「新田間川」ではなく「幸川」でした

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屋台撤去という運命は避けようもないし、もう致し方無い訳なのだが、それ以上に泣けたのが、この「屋台撤去について警告」看板の文頭にある川の名称…確かここには「新田間川」という名前が書かれていたはずですが、「幸川」に修正されちゃってますね…

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昔の警告看板の写真と見比べると、ええ、確かに「新田間川沿いの屋台」って書いてありますけども、どうやら27年前にこれらの看板を設置した時に手違いでうっかり「新田間川」と書いてしまったようだが、実は内海橋を挟んで北側が新田間川で、橋の南側からは「幸川」だったという間違いに今更気付いて修正したというのだ。

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その恥ずかしい間違いを正すべく、内海橋と南幸橋のたもとに神奈川県による「二級河川 帷子川水系 幸川」の真新しい看板も設置されてました。内海橋から300メートルの区間が「幸川」だそうです。まあ殆ど似たり寄ったりの運河なので、名称をまとめてしまえばいいと思うんですけど…

まあともかく1月末で横浜西口名物の不法占拠屋台はその歴史に幕を閉じます。気になる方はとっとと見納めに行きましょう。


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東京DEEP案内の管理人です。2008年の開設以来、首都圏一都三県の街歩き情報を淡々と記録し続けております。いわゆる日陰者的物件、観光地にもならない場所、ちょっとアレな地域を見物・考察する事を趣味としております。2017年6月15日、単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を発売。
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