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忘れられた軍都・千葉市に残る旧陸軍鉄道連隊の遺構を訪ね歩く 

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西千葉駅から鉄道連隊材料廠煉瓦建築のある千葉経済大学キャンパスを見た後、モノレール作草部駅前を経て千葉公園へ。結構歩き回ったがここまでの道のりは全て徒歩である。千葉公園から千葉駅までは千葉都市モノレールでひと駅だが結局モノレールを使う機会は全くない。

郊外の街並みに走る懸垂式モノレール、本当に都会なのか田舎なのかよくわからない風景である。

目の前にあるモノレール千葉公園駅の階段にはホームレスのオッサンが暇そうに座っている。千葉公園周辺もどういうことかホームレスの姿が目立つ。昔から沢山住んでいるらしいが、2002年には千葉公園に住むホームレス2人が襲撃され殺される物騒な事件も起きている(→詳細

千葉公園は千葉市で初めて総合公園として戦後間近の昭和21(1946)年に整備が始まり、昭和40年までの間に作られた公園である。野球場、体育館、プール、貸しボートと大賀ハスのある綿打池、それに千葉競輪場から千葉縣護國神社までと公園敷地はかなり広範囲である。

この公園の前身はやはり鉄道連隊跡地で、そのため公園各所に演習場の遺構が残っている。で、公園入口の案内板にもその旨が記されている。

千葉公園に入ると、まず特徴的なのが公園のど真ん中に広がる綿打池である。池の脇には古代蓮である大量の大賀ハスが咲き乱れることで知られる。傍らにモノレールが行き来する池でボートを漕ぐカップルの姿がある。それなりに絵になる公園である。

綿打池のボート乗り場は30分200円とやたら安い。これなら貧乏カップルでも心置きなくラブラブなひと時を過ごせる事請け合い。池の畔で暇そうにしているホームレスさん達の視線を浴びながらボートを漕ぐ休日もよかろう。

そんな綿打池の西側、蓮池に建つ蓮華亭の隣に陸軍鉄道連隊の遺構の一つである演習用橋脚がある。

なぜ橋脚だけ残って線路がないのかと言うと、架橋訓練…すなわち橋脚の間に橋をかける為に訓練していたという訳だ。その当時の写真が橋脚のプレートに記されている。

千葉公園の鉄道連隊演習場の遺構はかなり色々あるようだが、その中でも巨大なものが演習用橋脚と、トンネル工事演習用のコンクリートドームだ。

しかし演習用ドームがどこにあるのか公園中をかなり探しまわった。厳密には公園内ではなく、公園から階段を上がった脇の管理事務所の敷地内にあったのだ。そりゃいくら池の周りを歩いていても見つからない訳だ。

管理事務所の端っこにぽつんと置かれている演習用ドーム。貴重な遺構の一つであるはずだが随分扱いがぞんざいである。

正面に回ると演習用ドームの全貌がうかがえる。頭上にあるマークは陸軍鉄道連隊のもの。管理事務所の建物と比べると大きさが想像しやすいであろう。今となっては単なる巨大な土管でしかないわけだが。もうちょっと人目に付きやすい場所に置いてやった方が教育になると思うんですが。

鉄道連隊演習場跡だった名残りだろうか、千葉公園の中には昔の蒸気機関車の車両まで置かれていた。しかしこれは鉄道連隊と直接関係がないものである。

厳密にはC型タンク飽和蒸気機関車というタイプのもので、昭和36~44(1961~69)年までの間に川崎製鉄千葉製鉄所で資材の運搬に使われていたものだという。役割を終えた蒸気機関車は千葉公園の中で静かに眠り続けている。

参考ページ
鉄道連隊軍用線 千葉-津田沼間


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東京DEEP案内の管理人です。2008年の開設以来、首都圏一都三県の街歩き情報を淡々と記録し続けております。いわゆる日陰者的物件、観光地にもならない場所、ちょっとアレな地域を見物・考察する事を趣味としております。2017年6月15日、単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を発売。
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