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埼玉県民の日フリー乗車券で埼玉のチベット「秩父」に行ってきた 

東京から西武鉄道に揺られて約2時間、関東平野から遠く離れ、広大な秩父山地に遮られた埼玉県のチベット「秩父」の地を訪れた。飯能駅から西武秩父行きの電車に乗ると1時間近くもの間、山岳地帯を縫うように走る。もう気分は小旅行である。池袋まで約1時間20分で結ぶ特急レッドアロー号をもってしても、通勤には少し無理がありそうな距離だ。

毎年11月14日のみ県内の私鉄各社で発売される「埼玉県民の日記念一日フリー乗車券」という都合のいい切符を使えば、所沢駅から埼玉のチベット秩父までたった460円で往復出来てしまう。それをいい事に貧乏性の東京DEEP案内取材班は秩父夜祭とは何の関係もない11月に日帰り訪問を決行したわけだ。

西武秩父線の終点である西武秩父駅で降りる。しかし秩父の街の中心からは1キロ程度南にずれた町外れにある。西武新宿線の終点、西武新宿駅にも言える事だが、中途半端な場所に駅があるのが西武線クオリティ。

西武秩父駅が出来たのは昭和44(1969)年と比較的新しいのだが、本来は秩父鉄道の秩父駅と同じ場所に駅を設置する予定だったそうだ。しかし乗客を西武に奪われることを恐れて秩父鉄道に駅の設置を猛烈に反対された結果、こんな場所に駅を作らざるを得なかったという。

西武鉄道から秩父鉄道の乗り換えは、徒歩5分程離れた「御花畑駅」を利用することになる。微妙に不便。秩父神社などがある秩父の中心市街地に行くにはそのまま歩いた方が早い。秩父鉄道は三峯神社など奥秩父へのアクセス経路になっているのでいつも登山客のオッサンオバハンの姿が目立つ。

秩父と言えば有名な夜祭とともに、ゴールデンウィーク前後に見頃となる羊山公園の芝桜がよく知られる。西武秩父駅から羊山公園は近く、毎年のシーズンになるとこんな埼玉のチベットにまで沢山の観光客が殺到して行き帰りの電車が寿司詰め状態となる。

芝桜の咲き乱れる羊山公園から広々を見渡せる景色の向こうには秩父のシンボル武甲山。良質な石灰石が採れ、昔からセメント採掘の盛んな土地である。秩父盆地の街のどこからでも見え、荒々しい岩肌を露にしている。

西武秩父駅を降りて改札を潜ると、駅前にはいかにも観光客向けなお土産屋ゾーン「西武秩父仲見世通り」が続いている。風情は完全に首都圏というよりも地方のそれである。観光不毛の県と常日頃から言われる埼玉県でも秩父と川越は別格のようだ。秩父夜祭と芝桜のシーズンには人がごった返している。

ただ普段の何にもない時期にこの土地を訪れても、駅前から何とも言えない寂寥感が漂った地方の淋しい街並みそのものである。だからといっても北関東の地方都市のように空洞化した駅前繁華街がパチンコ風俗ゾーンと化している訳でもなく、本当に田舎の駅前といったところだ。

かつてはセメント産業や織物産業などで栄えた秩父地方だが、今では山間に取り残された過疎地帯となりつつある。今回我々が秩父を訪れたのは、取り残され所々廃墟化が始める秩父の古い街並みを見物するためである。

駅前からぼちぼち街歩きを始める事にする。まず最初に現れるのが秩父市役所の建物。秩父地方唯一の市として現在は周辺町村と合併して、東京・山梨・長野・群馬と4都県と境を接する巨大な自治体となったがそれでも人口は7万人足らず。

しばらく進むと秩父鉄道の御花畑駅。最近「芝桜駅」と副駅名がつけられたようで思いっきり観光色全開の駅名プレートが掲げられていた。リアル桃鉄状態である。

秩父鉄道は西武秩父線が通る以前からの秩父民の重要な公共交通機関として活躍しているが、もとはセメント産業の為に作られ、石灰石の貨物輸送に使われていた(秩父鉄道の経営母体も太平洋セメント)

どうでもいいが「秩鉄」の読みはチチテツで良いのだろうか。チツテツだったらちょっと読むのが恥ずかしい。実にどうでもいい。

独自の文化が形成された秩父地方の郷土食も様々。秩父味噌に秩父おなめ。Sっ気混じりな女性に秩父おなめと言われると興奮しそうだが実にどうでもいい。

ちなみに最近ではB級グルメで街おこしを企む埼玉県の田舎臭い戦略に乗じて「秩父みそポテト」を猛烈プッシュ中。農作業の合間に食べる小昼飯(こぢゅうはん)と呼ばれる郷土料理の代表的な食い物らしい。っていうか屋台閉まってますけどね。

秩父鉄道は観光列車として一日一往復SL列車を走らせているのも有名である。毎日SLが通りがかる時間帯には沿線や駅ホームなどに写真撮影に興じる爺さんや鉄ヲタの姿が見られる。

鉄道路線は荒川に沿って寄居、熊谷を通り、さらに行田、羽生へ至る。セメント産業が縮小し続ける昨今、石灰石の輸送よりももっぱら地元学生の足や観光客の輸送がメインになっている。乗車賃プラス200円で乗れる急行電車で秩父から熊谷まで約1時間ちょい。やはり秩父はチベットと呼ぶしかない。

過疎化の激しい秩父地方、中心市街地でさえ街の廃墟化がじわじわ進んでいると言われるその現状を確かめに行くためにひとまず我々は秩父神社に続く番場商店街に向けて歩く事にした。

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東京DEEP案内の管理人です。2008年の開設以来、首都圏一都三県の街歩き情報を淡々と記録し続けております。いわゆる日陰者的物件、観光地にもならない場所、ちょっとアレな地域を見物・考察する事を趣味としております。2017年6月15日、単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を発売。
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