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埼玉県民の日フリー乗車券で埼玉のチベット「秩父」に行ってきた 

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明治33(1900)年に建てられた元映画館「秩父国際劇場」の建物があまりに気になったので周囲をじっくり見回す事にした。老朽化のため2010年一杯で取り壊される事が決まっている。取り壊し時期が不確定なようだが、おそらく今回の訪問で見納めとなりそうである。

元映画館と上石商店の間にある隙間のような路地に足を踏み入れる。入口には秩父観光の道標「どこいくべぇ」。「べぇ」は秩父弁の言い回し。訛りのきつい年寄りの会話はかなり聞き取りづらいだろう。市内に100基設置されているものの一つ。

意識して見ないと絶対に見逃してしまいそうな細い路地が映画館の裏側まで伸びている。

途中には上石商店が経営する「ギャラリーかみいし」の入口がある。蔵を利用したギャラリーで、画家の個展などが行われている事もあるが、我々が訪れた時は気付かず素通りしてしまった。

秩父国際劇場の裏に回るにつれ、荒川の河岸段丘に沿って路地も下り坂となる。

ようやく路地を抜けて来た道を振り返ると…

やはり意識しないと見逃してしまうぞこの路地は。

表側では平屋建ての映画館だったが、裏側では3階分の高さになっていた。

しかもよく見ると映画館の裏がアパートだったのである。これは意外な展開だった。

各戸とも1階に玄関と台所、2階に居室がある。おそらく中で階段があるのだろうか。惜しむらくは住民がごっそり居なくなって廃屋同然で放置されている事。まあ母体の映画館が近々取り壊しになるのだから無理もない。

視点を引いて建物全体を見るとかなりインパクトがある。秩父国際劇場の歴史の裏側は、築100年のアパートですよ。凄い凄い。家賃が安かったら住んでもいいぞ。

どう見ても入居者募集しているはずもないが。

建物屋根上の装飾。秩父国際劇場のトレードマークだろうか。この国際劇場の建物自体も埼玉県内に残る唯一の大型木造合掌造りで建築マニア的にも貴重な物件だったりする。

さらに向かいに同じく廃墟同然で放置された平屋建てボロアパートが。凄まじい一画だ。きっと昔は沢山の人々が暮らしを営んでいたはずだろう。

部屋の主を失ったアパートの玄関口にはたぶん大家が貼り付けたと思われる別の場所のアパートと駐車場の入居者募集張り紙が。

もっと視点を引いて隣の空き地から手前のアパートとともに秩父国際劇場の建物を見る。奥に見える森は秩父の総鎮守・秩父神社境内「柞(ははそ)の森」。我々東京DEEP案内取材班一同も、この景色にはすこぶる廃テンションです。

周囲の民家もその多くが建て替えする事もなく昔のまま使われている事が多い。建て替えてまで秩父に住み続ける人も少ないのだろうか、もしくは廃墟として打ち捨てられているかのどちらかだ。

虫食いになった土地にかつての織物工場などの鋸屋根の建物があちこちに残っている。しかしどの工場も全く稼働している様子はなくひたすら静けさに包まれている。

秩父の二大基幹産業である織物とセメントはどちらも縮小傾向、特に太平洋セメント秩父工場は2010年9月までにセメントの生産を一部中止する事が決まった(→詳細)貴重な税収でもあり雇用の受け皿が無くなる訳で地元にとっては痛手となることは必至。

地方の炭鉱町が抱える問題に共通しているのかも知れないが、北海道や筑豊、もしくは軍艦島のように基幹産業を失った街は一気に廃墟化が進む事だろう。

この先どうなるのか知らないが、秩父のシンボル武甲山は石灰石を削り取られながらも変わらず秩父盆地を見下ろしている。


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東京DEEP案内の管理人です。2008年の開設以来、首都圏一都三県の街歩き情報を淡々と記録し続けております。いわゆる日陰者的物件、観光地にもならない場所、ちょっとアレな地域を見物・考察する事を趣味としております。2017年6月15日、単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を発売。
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