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埼玉県民の日フリー乗車券で埼玉のチベット「秩父」に行ってきた 

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関東平野から遠く離れた山深く、埼玉のチベットと言われ続けた辺境の地「秩父」の中心市街地、レトロ建築目白押しの番場商店街、豚肉味噌漬けの安田屋から脇に入った隣に「パリー食堂」という、これまたレトロ全開な大衆食堂が存在している。

建物は実は「木造2階建て」だが、表から見たら3階建てにしか見えない典型的な看板建築の特徴を備えている。3階建てかと錯覚する窓の部分は「装飾」らしい。

偽3階部分に掲げられた「パリー」のネオンサイン。建物は昭和2(1927)年当時そのまんま。当初はパリーの名の通りオシャレでモダンなカフェーだったらしいが、今ではすっかり鄙びた大衆食堂になってしまっている。

そして外壁中央部分には黄金色に輝く「パリー」の文字。建物の古ぼけ具合とは対照的に鮮やかである。

パリー食堂の玄関前。見るからに相当くたびれている。いつ廃業してもおかしくない佇まいだが、こう見えても現役なのだ。奇跡的である。

店の脇には主人によって今も大事に祀られているであろう小さな祠が残る。

さらに玄関横に回る。さすがに年月の経過の重さを感じさせられるオンボロ具合。その先には裏道が続いている。

いつの時代のものかよくわからんアサヒビールの看板の下に「パリー」の暖簾。完全に大衆食堂の趣きだが屋号と外観の和洋折衷レトロモダンっぷりは頑として曲げる事はない。

自販機の裏に隠れて気付きにくいが、埃をたんまり被った龍とラーメンどんぶりマーク(雷文)の電飾看板がシュール。これを置いたらどう見ても中華料理屋にしか見えない訳だが、和洋中華なんでもいけますよという意味だろうか。

そしてここにも「登録有形文化財」のプレートが。秩父市街地にはこうした登録有形文化財モノの建物が30軒程度密集している(→詳細)。まさに秩父はレトロ建築の巣である。

玄関先に置かれた「料亭」と示された色褪せた札など、相当年季が入っている。どう見ても料亭ではないが、昔はもっとオシャレだったはず。

ここまで来て店の中に入らない訳にはいかんだろうとお邪魔してみた。もう四半世紀以上は時が止まったような空間に、店主の爺さんが一人だけ。食事時だというのに客の姿もなく、古いアナログテレビから流れるテレビ埼玉の変な通販番組の音声が響くだけ。

いつの製品なのか皆目見当もつかない年代モノの業務用ウォーターサーバー。壊れたまま惜しくて捨てられないのか店の飾り物になっていた。店主がもう何年も隠居同然で暮らしながらひっそり食堂を続けている感じの店で、かなり店の中は雑然としている。

調理室側の壁にはいつのものか分からない歴代の秩父夜祭のポスターが貼られている。日本三大曳山祭。そう聞いていたのだが平日休日関係なく開催日は12月2日と3日なので、よっぽどの祭り好きか暇人でもないとなかなか生で見に来られるような祭ではない。

山深く隔絶された秩父の地で盛んだった養蚕業の反映を祈願するため江戸時代から300年以上に渡り繰り広げられてきた年に一度の大祭である。

店主の爺さん以外本当に客も店員もいない訳だが、しばらく待っていたら店の奥からガラガラ声の猫がやってきた。パリー食堂に住み着く看板娘ならぬ看板猫である。こいつがまたやたら人懐こい。しまいにはテーブルに乗って来られたりするし、完全に猫カフェ状態である。

20分待って出てきたカツカレー(750円)。無駄に揚げすぎてほんのりビターなカツは好みが分かれる。コップ水にフォークを立てて持ってくるのがパリー食堂流なのか。決して旨いとは言えないがむしろ飯よりも雰囲気を味わうくらいの気持ちが必要である。

それに店主の爺さんもいつ引退するか分からない。タイムスリップ経験をしたいなら早めにどうぞ。

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東京DEEP案内の管理人です。2008年の開設以来、首都圏一都三県の街歩き情報を淡々と記録し続けております。いわゆる日陰者的物件、観光地にもならない場所、ちょっとアレな地域を見物・考察する事を趣味としております。2017年6月15日、単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を発売。
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