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東日本屈指の漁港「銚子市田中町」の赤線跡が中国スナック街になっていた

東京から車で片道二時間、関東の東の最果てに位置する東日本屈指の漁港・千葉県銚子市に特飲街の成れの果てとなった盛り場が残っているというので見に行った。

銚子市 銚子

場所は銚子漁港の間近に真っ赤な五重塔がそびえる「飯沼観音」の真裏と聞いていた。飯沼観音は銚子を代表する名刹で、正式名称は真言宗飯沼山円福寺。9世紀の弘仁年間から開かれた寺院で、銚子の中心市街地の一角を担ってきた。

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やたら目立つ五重塔は寺の歴史の古さに反してやけに目新しい。それもそのはず、2009年に竣工されたばかりのもので、寂れる一方の銚子市街に一縷の望みを賭けるかのごとく建てられた。

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飯沼観音の裏側に抜けると、その先には裏参道商店街的な一画が現れる。正直、商店街「だった」と過去形で表現した方が近いのではないかという雰囲気だ。人通りもなく寂しい限り。廃業した店舗の跡に貼りだされた「貸店舗」の看板が寂寥感をやけに煽る。

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この付近で目立つ建物と言えば、島田総合病院という大きめの総合病院があることくらいだ。銚子市立総合病院亡き後、街の大型病院はここだけ。銚子市民は隣の旭市にある旭中央病院もしくは利根川を渡った先の茨城県の鹿島労災病院などを利用するらしい。

銚子市の医療崩壊の現状は過去にも報道されていて有名。地方の惨状は数々語られているが、東北地方まで行かなくとも千葉県の端っこ辺りもかなり深刻だったりする。

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この裏参道を道なりに100メートルちょい東側に進むと、お目当ての赤線跡があった田中町や後飯町(ごはんちょう)あたりとなる。今でも現役で街の盛り場となっているようで、あちこちにスナックの看板を掲げる飲食店がある。

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銚子田中町の赤線は戦前から置かれていた遊郭という訳ではなく、あくまで戦後勃興した私娼窟の名残りである。赤線跡歩き愛好家には定番のバイブルとなっている「全国女性街ガイド」でも「荒っぽい特飲である」と一蹴されるガラの悪い色街でもあったそうだ。

ちなみに遊郭は銚子市街から少し離れた本城と松岸に置かれていたそうだが、両方とも消えてしまっている。

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「飲んで歌って踊って飲み放題!」の看板がやたらと古臭くてたまらない「パブ ピノキオ」はこちらでございます。昔からやっている老舗店のようだが、田中町の盛り場でこの手の店は少数派。

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遠目には何かまじないの類の札かと思ったけど違った。スタッフの出席表だった。皆様日本人名の源氏名ですが本当に全員日本人なのかどうか疑わしい。

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田中町・後飯町界隈の旧赤線地帯に広がる怪しげなスナック街は、古くから銚子漁港で働く海の男達のオアシスとして機能してきた。それが近年では漁師の「研修制度」という名の外国人労働者の流入や、スナック街の外国人女性の増加で、寂れた漁師町が外国人だらけの異様な変貌を見せているという。

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飯沼観音裏参道を真っ直ぐ抜けた先のところに三階建てのごついコンクリートビルがそびえていて、昔はサウナや雀荘なんかが入居していたレジャービルだった建物のようだ。この土地は解体されて現在は老人向けグループホームに変わっている。

銚子市 銚子

「NHKトライアンドトライで放映された今話題の遠赤外線サウナ」と看板に書かれていますが、今話題のって、何時頃の事なのでしょうか。気になって調べてみるとWikipediaにはこうあった。

『トライ&トライ』(トライ・アンド・トライ)は、1986年4月14日から1991年3月18日までNHK総合テレビで放送された科学バラエティ番組である。

ええ…まだ平成になるかならないかの頃ですね…この後釜番組として1995年から始まり長寿番組として現在も放映されている「ためしてガッテン」になったそうです。(立川志の輔の声で)皆さん、ガッテンして頂けましたでしょうか?

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ちなみにこちらのサウナビルの裏手はこのような惨状となっておりました。「サウナ 花束ブーケ」とは、オツなネーミングセンスですな…

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オーナーの駐車スペースか何かだったと思しきテントもボロッボロで大量の私物や店の備品が不法投棄されたままになっていた。地味にスナックのコーナーソファーが混じっているあたりが場所柄っすね…立つ鳥跡を濁しまくり…

もちろん今となっては跡形も無くなっているのでご了承下さい。

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このサウナビル裏あたりから、銚子で最もコアなチャイナスナック街が始まっているという。さっきまでくすんだ廃墟みたいな建物ばかりだったのが急に原色系のド派手な看板の飲食店ばかりに変わっている。

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サウナ廃墟裏手の路地裏から連なるスナック街。銚子の人口規模から考えると明らかに規模がでかいと現地に来て頂ければ分かる事請け合いである。まあ、銚子という場所柄遠洋漁業の寄港中の客とかもいるんだろうしなあ。あ、韓国スナックも混じってますニダね。サランヘ~。

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さらに東側に南北に通る路地沿いが、どうやら田中町・後飯町における盛り場のメインストリートとなるようだ。一目見れば分かるのだが、若干韓国とかタイも混じっているが、圧倒的に中国系のスナックが多い事に気が付く。

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店名は「スナックいちご」ですが玄関には中国の提灯が飾られているわ、玄関先の従業員募集の広告には「ビザ有り」の表記が。

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店名だけでチャイナ系と一発で分かる店もこれだけある。「夜来香」「今夜も上海」「你好」「大連之恋」…全部中国小姐が相手してくれる店らしいですがこんな地の果ての盛り場までチャイナ化するとは日本国もヤキが回ったもんだな…それにしても「上海小吃」は歌舞伎町にあるアレですかね。

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いつぞやの実話ナックルズの記事「東京最下層地帯をゆく」に銚子田中町のスナック街について書かれた記事があったが、それによるとこの付近のスナック街で働くハルピン出身の中国人の姉ちゃんも、昼間は水産加工場で働く外国人研修生名目の労働者で、給料が足りないから夜の仕事も頑張ってるアルヨとの事。頑張り屋さんです。

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銚子に外国人が溢れ出したのは、入管法改正や外国人研修制度が始まった1990年辺りからである。3K労働と忌避される漁業や水産加工業といった地場産業に外国人労働力が入るようになった。銚子には特に中国人が多く、中国スナック経営者がオーバーステイの中国人女性を複数人働かせて不法就労容疑で逮捕されるケースも出ている。

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2000年頃には漁業の現場や水産加工場に本格的に外国人研修生が労働力に加わるようになり、銚子市内の水産加工場では中国人研修生がおよそ600~700人働いているという。研修制度に名を借りた奴隷制度であるという批判もあり、1998年の「銚子事件」では外国人研修制度を悪用したブローカーの中間搾取(ピンハネ)の実態が知れ渡った。

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スナック街の路地を南側から振り返って眺める。あまりに俗っぽくて多国籍な素晴らしい景色だ。千葉県の最果てでまさかこんな色街の光景に巡り会えるとは思ってもみなかった。


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東京DEEP案内の管理人です。2008年の開設以来、首都圏一都三県の街歩き情報を淡々と記録し続けております。いわゆる日陰者的物件、観光地にもならない場所、ちょっとアレな地域を見物・考察する事を趣味としております。2017年6月15日、単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を発売。
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