藤沢駅北口から北西方向に伸びる「銀座通り商店街(藤沢銀座土曜会)」に沿って歩く。
先程の旧辰巳町の空き家と駐車場だらけの不気味な光景とは真逆の繁華街が連なる銀座通り。サム・ジュ・モールという焼肉に巻く野菜みたいな韓国語っぽい妙な愛称がついているがいまいち意味が分からないのである。
藤沢駅北口から藤沢本町駅方面に続くメインストリートの一つである。
真新しく舗装された歩道にはこれまた意味不明なイルカに乗ったヌード銅像がポーズを決めていたりしてさっぱり何がやりたいのか分からないのである。普通の商店街のようだが、パチンコ屋やらマンガ喫茶やらが多く概ねDQN仕様であることに変わりはない。サム・ジュ・モールでは毎週恒例の歩行者天国もあったそうだが通行人の減少で商店街が寂れたため、2010年3月に廃止された。夏祭りの歩行者天国では全長100メートルもの「世界一大きい金魚すくいゲーム」(ギネス認定済み)が開かれる事でも知られていた。
そんなサム・ジュ・モールの脇から北側の路地に入ると、旧辰巳町の遊郭時代から続く古い面影を残す怪しいバラック酒場の廃墟が人知れず佇んでいる場所がある。
藤保水産という魚屋の角を入った先、細い路地の向こうに個人開業医や薬局、質屋などが並んでいる。一見突き当たりが行き止まりのようにも見えるが、構わずそのまま奥へ突き進んで行く。
路地の先はさらに道幅が狭まり「この先自動車通れません」の看板も現れる。
だがその先に進むと、真正面に現れるのは来訪者を待ち構えていたかのようにそびえる見事なアーチ状のゲート。これまで様々なバラック酒場を見てきたが、湘南にもこんな凄い建物が残っていたなんて、ちょっと意外な驚きだった。
その正体は「飲食朋友会」という飲食店舗の集合体とも言えるバラック建築である。現在も街灯に飲食朋友会の名を示した看板が掛かっている。
アーチ状のゲートをよくよく見ると、あまりに年月が過ぎてしまった為に劣化して所々腐り落ちてしまっている。一体いつの時代に作られたものか皆目見当が付かないが、旧辰巳町の赤線地帯が無くなる昭和33(1958)年以前の趣きは感じられる。
そんな飲食街の真ん前にある質屋というのもなかなか風情がある。昔は遊びの金を捻出するためにこの店で質草を売りつけていた男どもの姿もあったのだろうか。
飲食朋友会のバラックに入り込むとその中はどっぷりと終戦直後の盛り場の風情がそのまま残っているかのようだ。単純にレトロで懐かしいという以上に、表のアーチ状ゲートに囲われた禁断の空間であるかのごとく陰鬱な空気に充ち満ちた場所である。
かつてはこの店先でも大人同士の取引きが秘密裏に行われていたのだろうか、そんな想像すらさせてしまうに充分説得力を持った建物だ。
しかし建物自体も殆ど廃墟状態となっていて、辛うじて営業していそう店は表の「すなっく小のぶ」を除いて他にはない。
バラック建築の一番手前にある「すなっく小のぶ」。玄関口を見る限り、唯一荒れている様子もなく現役でやっているっぽい店舗。もっとも現役であるかどうか確認した訳ではないが。
玄関前には使っていない井戸のポンプと、備え付けの消火器が置かれていた。地面に花が植えられている所から見ても、今でも人の営みはあるだろうと思われる。
こんな物凄い場所だが、実はこのバラック酒場を通り抜けた向こう側にも新興マンション街が建ち並び、こう見えても通行人が多い。バラック酒場はあちこちが崩壊の兆しを見せているが、事実上立入禁止にもなっておらず放置されたままになっている。
バラック酒場は2階建てとなっており、その両側に4~5軒程の個人経営の酒場が連なっていた。建物の外壁は2階部分が全て波トタンで覆われていて、殆ど錆びついてしまって錆色で統一されつつある。建物の一部が崩落して、ビニールシートで養生している箇所があって見た目にもかなりヤバイ事になっている。
かつての酒場だった建物の玄関は既に人の暮らしの痕跡すら風化してしまったかのように佇む。
一方、アーチ状ゲートに向けて左側の2階部分には非対称的に窓が取り付いていない。
しかし一部には酒場時代の屋号の看板が残っているので、それを見てもやはりこの一画は居酒屋横丁だったんだなという事が分かる。看板の屋号には「やなぎ」と書かれている。
向かいには「ひとみ」という屋号の焼き鳥屋の看板が残っている。昔から黄桜酒造は河童のマークだったという事に気づいた。
閉鎖された酒場の玄関には「藤沢飲食店防犯協会加盟店 藤沢警察署管内」と書かれた小さな看板があった。
昔からそのまま残っていると思われるバラック酒場の床に敷き詰められたコンクリートブロックの劣化具合も、この異様な空間にひと花添えているかのようだ。ここが盛り場であった時の光景を見られる事はもう無いだろう。
真正面に潰れた酒場の建物があることから一見すると突き当たりで行き止まりのように見えるが、この右側から裏手に抜けられるのだ。
酒場の突き当たりから右手にクランクする路地は、まるで酒場自体の存在を隠すかのような役割を持っている。奥のマンションから手前のサムジュモールや藤沢駅へ出掛ける住民が結構頻繁に行き来するのだ。
クランクを抜けた先にも小さなスナックが2、3軒並び、その向こうにもちょっと胡散臭い酒場や風俗店が残っているが、そんな場所にも容赦なく新しいマンションが続々と建ち始めているのだ。
しかしその中の一棟は、かの有名な「耐震強度偽装問題」発覚で取り壊し、つい最近建て直された「グランドステージ藤沢」改め「ロワール湘南藤沢」だ。「グランドステージ藤沢」は耐震強度が法定基準の15%しかないというとんでもないマンションで、完成後わずか2週間で住民全員が引越しさせられ、建て直しに4年半を要したと言われている。