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【湘南DEEPスポット】藤沢駅北口の赤線地帯「小鳥の街」の面影を求めて

藤沢駅北口に残る「旧辰巳町」の赤線の痕跡を引き続き辿る事にする。

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飲食朋友会のバラック酒場を抜けて、耐震強度偽装問題で建て直されたマンションを過ぎると、その向こうにもまたまた飲食街が姿を現す。

先程と同じように個人経営の小さなスナックが密集する一画で、裏寂れた雰囲気が強い。

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スナックの玄関扉は昼間っから開け放たれたままになっていて、中を覗き込むとマスターのおばちゃんがやる気なさげに家事に追われているかのようだった。時代の流れに従うでもなく逆らうでもなく、淡々とした日常を過ごすだけの空間だ。

しかし背後に真新しくそびえる仰々しいマンション街は、旧辰巳町「藤沢新地」の存在をかき消そうとするかのように街中に存在感を放っている。

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ここも飲食朋友会のバラックと同じく、既に営業している様子の無い店ばかりで寂れに寂れまくっている。

湘南の夜の盛り場と言えば、今や藤沢よりも平塚の方に軍配が上がっているようだ。藤沢の歓楽街は衰退の一途を辿っているかのように思える。

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それはそうと、この並びにあるスナックの店名を見ると「ひよ子」だったり「せきれい」だったりと鳥に由来するものが多い。

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そして向かいのスナックには「栄どり」とある。今はもう取り壊れて存在しないが、この近くには「小鳥の街」という飲食店街もあった。取り壊された飲食街から抜け出した一部の店がここに移転してきたのだろうと思われる。

(※「忍」「栄どり」の建物は2010年秋頃には解体されている)

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小鳥の街というより、さしずめ小鳥の避難小屋のごとき飲食街を抜けると、その先には組事務所まであったりしてかなり本格的な場所だという事が分かる。あんまり警戒せずに写真を撮っていたりしたが後から怖くなった。

思えばここ藤沢の地では江戸時代の飯盛旅籠から続く由緒ある色街の系譜が今も僅かながらに刻まれているのだ。

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しかしそういう事情が隠れているにせよ、周囲の街並みは至って平凡でフツーなので素通りしていると気付く事はないかも知れない。

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ただ、次々建設されまくるマンション街に反比例するように、沢山並んでいる飲食店は軒並みブッ潰れて廃墟同然の姿を晒しているのが対照的だ。あと十年もすれば、あのバラック酒場を含め藤沢新地の存在すら消えてしまっていても何の不思議もないかも知れない。

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かつての藤沢新地の賑わいをかすかに残すように建つ焼肉屋兼立喰うどんそば屋の「四三喰」(よさく)の玄関。

店の暖簾や道具類が押し込まれた倉庫状態の店内がそのまま透けて見える。「湘南地区秋田県人会連絡所」の札も掛かっているので、オーナーは秋田県出身者なのであろう。立喰そば屋の頃のお品書きがそのまま残っている所も生々しくて良い。

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その隣には旧辰巳町の地名を残す「辰巳町会館」という地域の公民館と思われる建物がある。小さな稲荷神社が傍らに置かれている。

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辰巳町会館の裏に回り込むと先程の耐震強度偽装マンション(建て替え工事済み)の前の道に戻ってくる。そこには特殊飲食街時代の貸座敷から旅館へ鞍替えした名残りだろうか「旅館松竹」「仙成旅館」の2軒が立て続けに並んでいる。

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特に旅館松竹の玄関扉がまるっきりカフェー建築そのものになっている所が素晴らしい。東京の「玉の井」や「鳩の街」でも見かけるような典型的な特徴を持っている。しかし旅館としては営業してなさそうな感じだ。

それはそうと玄関前に路駐されている2台の高級車はどう見てもその筋の方々が使われているものである。思わず冷や汗が出そうになる。

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その隣の仙成旅館は見るからに現役そうだ。凄まじいロケーションに建っているが、駅からもそこそこ近いのでそれなりに利用者がいるのだろうか。ちなみにこの二軒の旅館の間にもう一軒「菊水旅館」というのがあったらしいが、潰れて更地にされてしまっていた。

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店の表からでも分かる仙成旅館の料金表。人数頭の料金設定なのね。割安なのは場所と建物のボロさを鑑みての事だろうか、それよりも「御席料 3時間」の項目があるのがいかにも場所柄らしいと感じた。

<追記>仙成旅館に泊まってきました。残念ながら2011年頃に廃業しており現存しません。

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もう一ヶ所、銀座通り北側の路地に「仲好会」というスナック街が残っているのが見える。2階建てのビルに個人経営の小さなスナックが密集している。それも同様に周囲の目新しいマンション街に押しつぶされそうになりながら。

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スナック街の建物には「藤沢仲好会飲食業協同小組合」と書かれた看板がある。小組合と自称しているだけによっぽど小さな飲食街なのだろう。中を見る限りせいぜい10店舗くらいだろうか。

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「いらっしゃいませ お2階へどうぞ」と案内されているが、その先には急な階段が顔を覗かせている。もし2階の店でへべれけに酔っ払ったら店から出るのに介護が必要だろう。

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建物を通って裏側に回る。こちら側も同様に「仲好会協同小組合」の看板が掲げられている。

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反対側にも2階部分へ通じる階段があったが、今度はボロアパートによく見かける鉄製の急な階段だった。酔っ払ったら勢いでそのまま1階まで転げ落ちそうな感じの危うい階段だ。あんまり際限なく飲みすぎると後が怖い。

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やたらスナックや居酒屋が多い割に寂れ方が酷いと思ったら、その向かいにも何かの店の痕跡が残っている。何度か経営者が変わってその度に店の看板が塗り直された跡が重ねて残っている。昔はここが「かつ善」というとんかつ屋だったという事は最低限判断出来る。

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さらに看板の横を見ると、とんかつ屋の「かつ善」がチェーン店だった事も分かる。羅列された支店名と電話番号の一覧には、今も現役で続く店もあった。

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その隣には路地に隠れるように建つ古風なバーが一軒。小さな店構えは蔦に覆われている。

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その先は未舗装の路地裏ゾーン。人目を憚るかのように並ぶ民家は総じて古びていた。

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しかしそのうちの一軒、どう見ても玄関口がおかしい。玄関ドアの両サイドにビニール袋に包まれて積まれた廃材かダンボールのような塊は一体何なのか。

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再び仲好会飲食街の表側に戻ると、その向かいにもレトロな店構えの美容室が一軒。赤線建築のそれを思わせるように、ガラスタイルや豆タイルがふんだんに使われている。

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美容室の横手には人ひとり分が通れるだけのスペースが開いている。そこを通り過ぎると先程の「飲食朋友会」のバラック酒場の廃墟に通じている。

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後はそのまま銀座通りに抜けるだけだが、その途中にも目立った看板もなく何屋かよくわからない店がある。どうやら夜には中国人のお姉さんが「マッサージどうですか?」という客引きがご多分に漏れず藤沢にもいるらしい。この付近の事なのだろうか。

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で、怪しげな「サロン」もあるにはあるのだ。むしろマンション街と化す旧辰巳町よりもこうした店が銀座通りに近い場所に現れ始めているようだ。飯盛旅籠から貸座敷になり青線となり、街の裏産業も時代と共に形を変えて生き残るのである。


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東京DEEP案内の管理人です。2008年の開設以来、首都圏一都三県の街歩き情報を淡々と記録し続けております。いわゆる日陰者的物件、観光地にもならない場所、ちょっとアレな地域を見物・考察する事を趣味としております。2017年6月15日、単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を発売。
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