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秩父路の入口、西武線沿線の奥座敷「飯能」の花街跡と飯能河原を歩く 

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織物産業と林業で栄えた街の遊里は飯能駅の北西側、飯能市仲町の一画に今も名残りを留めていた。大通り商店街の店蔵絹甚から少し先を左に折れた所が花街の入口らしい。のっけから三階建ての豪勢な木造建築が現れる。明治時代創業110年以上を誇る超老舗、うなぎの「畑屋」の建物である。元々は料亭だったらしい。

畑屋の前の路地をずんずん南に下っていく。スナック店舗が増えだしてきた。徐々に色街の様相を呈して参りました。

元は何屋だったのだろうと興味をそそられるモダンな看板建築の店舗もあり。現在は普通の民家に変わっているようだが…

洋風の意匠を取り入れた渋すぎる窓のデザイン。うーん気になる…カフェー建築の趣きも感じられますな。

その向かい側の居酒屋「いさ」の建物も蔦まみれで渋い佇まい。全体的に昭和度数が高い一画となっております。

その先の四つ角を右に折れた路地に二軒ほど古い料亭の建物が軒を連ねていた。想像していたよりも風情が残っている。

「八千代」に「高島屋」と二軒並んだ料亭、ここだけいきなり京都みたいな事になっているが特に後者の老舗料亭は「一見さんお断り」という格式の高さを誇る。地元のお偉い方が秘密の会合をこっそり開くような感じ。未だに現役の芸者さんがいるらしいです。意外。

「八千代」の店先に掲げられたやたら年季を感じる「料亭」の木製鑑札。

二軒並んだ料亭からさらに路地を南に進んでいくと今度は何やら廃墟めいた小料理屋の敷地が姿を現す。あまつさえユンボまで置かれていて今にも取り壊されそうな勢いである。

錆びついた看板建築の店構えに「小料理津留家」の屋号。なかなか強烈な佇まいである。こんなロケーションにある店だからかつては遊客で賑わっていたのだろう。一目見て分かるが既に廃墟化している。

店舗の内部は窓ガラスが全て割られていて荒廃の限りを尽くして窓枠や家財道具諸々が玄関周りに放置されていた。酷い…

その先の四つ角から飯能駅寄りを眺めると路地が斜めに走っている場所がある。古ぼけた店構えの俗っぽいスナックや居酒屋などがかなり増えてきた。俄然テンションが上がってきましたね。

ちょっと立ち入るのを躊躇ってしまいそうな細い路地が小料理屋の脇から伸びているのが見られる。そりゃかつて県下屈指の花街があったというくらいの事、芸もあれば娼もあったのではなかろうかと考えるのが自然な流れ。

特に怪しさを感じる斜めの路地に入ってみる。人がすれ違うのに肩が触れそうな程に狭い。今では寂れてしまった路地裏でしかないが「南銀座」と書かれた商店街の外灯が建っていたり居酒屋の跡が残っている。

昔はここいらも遊客がせっせと行き来してたんでしょうかね。現在も店舗跡には人の住んでいる家が多く生活感に溢れている。

斜めの路地を抜けて南側の通りに出てきた。やはりこちら側も居酒屋だらけの通りである。

「奥むさし旅館」隣の古いスナック長屋。かすかに色街の残り香が感じられる一画である。角地の両側にスナック店舗が合わせて3軒。

スナックの玄関に貼り付けられた埼玉県警察本部の標語ステッカー。オヤジギャグ全開である。「酒」と「避け」を掛けているだけなのか。もうちょっとひねれよ。

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東京DEEP案内の管理人です。2008年の開設以来、首都圏一都三県の街歩き情報を淡々と記録し続けております。いわゆる日陰者的物件、観光地にもならない場所、ちょっとアレな地域を見物・考察する事を趣味としております。2017年6月15日、単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を発売。
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