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代田橋駅至近、忘れ去られた下町商店街が沖縄タウンに?杉並区「和泉明店街」界隈を歩く 

人口密集を続ける東京、様々な人が住んでいてたいそう面白いのだが、在日コリアンや同和、ウチナーンチュ(沖縄人)などといった日本で長くに渡って暮らし続けているマイノリティの存在に我がDEEP案内はとりわけ敏感にスポットを当て続けてきた。

で、またしてもとある方からタレコミを頂いた訳であるが、杉並区にも沖縄タウンがあるぞ!という話だった。関東で沖縄タウンと聞くと神奈川県に入れば横浜市鶴見区などがあるが、東京都内でここが沖縄タウンだ!という場所があるのはあまり聞いた事がない。

その「東京の沖縄タウン」を訪問するため、普段あまり乗る事がない京王線に乗って代田橋という駅に降り立った。新宿を出て笹塚の次にある駅だ。京王新線で来た場合は新宿と笹塚の間に初台と幡ヶ谷が入るわけだが、いずれにしても新宿からは至近距離にある。

杉並区と聞いていたが代田橋駅のある場所は世田谷区大原である。駅前南側には栄光会という古びた看板の掛かった商店街があり、そのすぐ側には東京都水道局和田堀給水場の広大な敷地がある。桜の開花時期とつつじの開花時期には敷地が一般開放されていて中のレトロ建築や花が見れたりする。

件の沖縄タウンは代田橋駅の北側に出て甲州街道を跨いだ先、駅徒歩5分ほどの場所に存在するという。駅前には申し訳程度に古い商店街がある。

代田橋という駅名だけがあるが肝心の橋が存在しないというのが少し大阪臭く思える。下北沢寄りの場所にも世田谷区代田という地名があるが、昔話に出てくる巨人ダイダラボッチがつけた足跡と言われる窪地だというのが地名の由来だというのもどこか古風だ。

個人的見解で「新宿の西側の商店街は総じて寂れている」という仮説を立てているのだが、どうやら代田橋駅前もそんな感じがする。おもちゃ屋の建物がすこぶるレトロである。妙に寂れた感じがするというのも、実はこれから向かう沖縄タウンへの伏線でもあるのだ。

世田谷区と杉並区の境目にあたる甲州街道に出るとまず見えるのが「沖縄タウン」と書かれた、いかにもな看板。その下にはちゃっかり「杉並区」と書かれている。沖縄タウンの正体は、和泉明店街という小さな商店街である。

「小さい沖縄、生まれタウン」とオヤジギャグなのかよくわからないフレーズで書かれているのを目印に目の前の歩道橋を渡っていくのだ。

代田橋駅前のしなび具合とは裏腹にエレベーターまで付いており立派すぎる歩道橋である。代田橋駅から和泉明店街へのアクセス経路として、地元商店主と区が国に陳情して設置されたという経緯を持つ。

歩道橋を降りるとほどなく「沖縄タウン」の入口を示すいかにも感漂うゲートが現れる。いやあ、本当に23区内にもちゃんとした沖縄タウンがあったんだな。

…と思ったがさっぱり商店街らしき活気がなかったりするので正直拍子抜けしてしまう。

実は和泉明店街がある杉並区和泉は、横浜市鶴見区大阪市大正区のように工業地帯で歴史的経緯から沖縄人が多く住むようになったなどというリアルな事情は存在しない。

寂れる一方だった商店街の起死回生策として商店街自体を沖縄化しようという取り組みのもと造られた新興沖縄タウンだったのだ。

既存店舗も何気に沖縄化されており、酒屋の玄関口を見ると沖縄風の飾り屋根やオリオンビールの提灯が置かれ、泡盛ばかりがやたら置かれていたりしている。

何の変哲もなかったはずの大衆食堂も急遽沖縄料理を始めました風にゴーヤチャンプルーなどがメニューに並ぶ。「安さと味自慢 第一食堂」と書いてある通り確かに価格設定は良心的だった。

商店街とは言っても昔ながらのこじんまりした住宅街の一部分が商店となっているだけでひたすら地味な存在なのだが、一見寂れきったこの商店街がどういった経緯で急に沖縄タウン化したのか、もう少しこの商店街を歩き回るとしよう。

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東京DEEP案内の管理人です。2008年の開設以来、首都圏一都三県の街歩き情報を淡々と記録し続けております。いわゆる日陰者的物件、観光地にもならない場所、ちょっとアレな地域を見物・考察する事を趣味としております。2017年6月15日、単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を発売。
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