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まだキューポラのある街「川口」 

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川口駅から南東方向に徒歩10分程度の位置にある本町・金山町界隈が川口のもともとの市街地であった。金山町には街の総鎮守たる川口神社がある。この界隈はすっかり街のメインではなくなり寂れた風情が強いが、現在でも川口神社は立派な社殿と境内地を抱えこの土地に根付いている。

川口神社の鳥居の裏には寄進者である鋳物工場の名前が記されている。今まで鋳物産業を中心に街が作られていた事を示す証拠の一つだ。ちなみに川口神社の境内社として「金山神社」があり、鉱業・鍛冶の神である金山彦神が祀られている。

そういえば川崎大師近くにも同じ名前の金山神社(若宮八幡宮境内社)があるけど、あっちは珍祭かなまら祭りで有名だわな。

川口神社の鳥居の向かいにもかなりくたびれた佇まいのボロ店舗や家屋が残っている。路地の奥から若き頃の吉永小百合が飛び出してきそうな風景がそこにはある。

本町や金山町付近には戦前に建てられたと思しき立派でモダンな近代建築がちらほら見受けられる。さぞかし鋳物産業が景気がよかったのだろうな。

今ではすっかり鄙びた街のお米屋さんも建物の作りが無駄に和洋折衷型になっていたりして興味を引く。もちろん鋳物工場が全盛期の頃から商売を続けていた老舗の「芝崎新六商店」。

米屋の向かいには古い鋳造所の建物が残っている。よく見ると屋上部分が傾いてるし何だかヤバげな状態。この工場が今も現役なのかどうか定かではない。

その先には負けずにヤバげな姿で立ち続けるボロ民家が一軒。側面の壁がどう見ても傾いている。先の東日本大震災の揺れで瀕死の状態かも知れないが、まだ人が住んでいる。

棟続きに隣り合う散髪屋は「廃業のお知らせ」の張り紙を掲げて、つい最近商売を辞めてしまった事を告げていた。どうでもいいけどハサミとクシを両手に持って陽気に微笑む白ネズミが輪をかけてヤバい空気を放っている。ここは浦安じゃねえぞ、川口だぞ。

うろうろと路地を抜けていくと「川口市母子福祉センター」の前に辿り着く。「キューポラのある街」に描かれた鋳物職人一家は貧乏そのものだったが、そんな悲哀と通ずるものがある母子福祉の文字。母子家庭向けの相談や生活指導等を行なっている施設である。

元々この建物は旧鋳物問屋鍋平邸(鍋屋平五郎商店別邸)。明治末期に建設されたもので、国の指定文化財になっている地味に凄い建物だ。

川口市金山町付近は川口鋳物の発祥地で、古くは室町時代から鋳物産業が続いてきたという程だからよほどの歴史がある。荒川に程近く水運に適している上に鋳物の原料とある良質な砂が取れ、江戸に近いともあって長らく産業が途絶える事が無かった。

鋳物職人は近代化の波に追いやられ「キューポラのある街」の吉永小百合の親父みたくヤサグレてしまい時代の遺物と化したのだが、金山町付近にある工場はまだまだ現役である。

「多少の塵埃、騒音等はまぬがれませんので、御承知下さい」と記された看板。

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東京DEEP案内の管理人です。2008年の開設以来、首都圏一都三県の街歩き情報を淡々と記録し続けております。いわゆる日陰者的物件、観光地にもならない場所、ちょっとアレな地域を見物・考察する事を趣味としております。2017年6月15日、単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を発売。
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