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【住みたい街No.1の裏側】”吉祥寺の歌舞伎町”と呼ばれた怪しげな一帯「近鉄裏」とは (2010年)

久方ぶりに吉祥寺の街を訪れる機会があった。吉祥寺と言えば「住みたい街ナンバーワン」だのと持て囃されて、地方から上京する学生やら若者やらの憧れの街になるわ、スイーツ脳がたかるわ、そんな街になっちゃっている現状もあってなんとなくつまんねーと避けていた訳なのだが、しかしそんなポップカルチャー的要素だけを見て吉祥寺の街を無視するばかりというのもいささか底が浅い。

今回のレポートではそんな吉祥寺の裏の部分にもう少し首を突っ込んでみる事にした。

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人通りが絶えない吉祥寺駅前からヨドバシカメラに向けて歩く。ヨドバシカメラの裏手に入り込むと、嘘のように人通りが途絶える少し不気味な繁華街が隠れている。そこはかつてから地元民でも「あそこには絶対行くな」と子供の頃から教えられていたという風俗街、俗称「近鉄裏」と呼ばれていた地域だ。

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昔は「吉祥寺の歌舞伎町」と言われる程の風俗無法地帯と言われていて中央線屈指の規模を誇っていたそうだ。しかし現在は小奇麗な飲食店街に変わっていて、ヤバイといった印象は微塵も感じられない。

俗称にあった近鉄百貨店東京店も2001年に撤退して、今ではヨドバシカメラになってしまっている。

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確かにキャバクラがあったりして歓楽街的な雰囲気が感じられるのだが、それほど極端という訳でもない。

この界隈では武蔵野市の行政も巻き込んでかなり前から風俗街浄化作戦を展開しており、教育施設として吉祥寺図書館が建設され風俗店の出店を止めさせるなどしているため、かなり街の雰囲気が変わりつつある。

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そんな中に一軒だけ総煉瓦貼りの風変わりなテナントビル「白耳義(ベルギー)館」の建物がある。1976年に建てられた当時は高級クラブばかりが入居していたそうだ。夜の歓楽街の風情を留めるかのように存在感を見せている訳だが、今となっては俗っぽい歓楽街で明らかに周りの雰囲気から浮いている。

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「近鉄裏」も最近ではフツーのラーメン屋などが進出してきて、見た目には平凡な繁華街と変わらなくなってきた。もう数年すればオシャレな雑貨屋が出来たりして。

近鉄裏のメインストリートと言っても良い、南北に走る道、商店街の名前なのか知らないが「クックロード」という変な名前が付けられている。市道99号線でクックロードだとか。

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そんなクックロードにある一軒のラブホテル「アランド」。いかがわしい「近鉄裏」の空気をそのまま留めるかのごとく建ち続けている。見た目よりも建物は年季が入っていて、聞く所によると回転ベッド付きの部屋もあるらしい。

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古い飲食店ビルがかなり多い事から見てもこの界隈の街の歴史がうかがえる。サンロード商店街やらスイーツ脳御用達の雑貨屋が並ぶオシャレな駅北西側の風景とは全く縁遠い。

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こういう裏寂しい土地には古びた焼肉屋の看板がよく似合う。三千閣という焼肉屋の入居するビルには「プレイスポットサンローラン」と書かれた看板も並んでいる。やはりこれも風俗店だろうか。

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よく見るとそのビル自体が「本町ビル飲食店街」になっていた。ビルの真ん中には開口部があり、酒場が連なっている。

その上の壁には「焼肉の殿堂」と書かれたかなりオンボロの看板が掲げられている。

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その向かいは平地に駐輪場が広がっていて目の前には雑居ビルや銭湯の建物が開けている。時代の流れだろうか、かつての歓楽街も建物が取り壊されて空き地となった所も多い。

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こんな場所に銭湯が一軒だけ残っていた。よろづ湯と屋号が書かれている。流行りものに巻き込まれてどんどん街がブッ壊される吉祥寺駅前の立地で、昔ながらの銭湯が変わらずに頑張り続けている。

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銭湯脇のコインランドリー前には「レンタル電話」の古い広告。電話加入権が高くて手が届かないという時代の遺物。銭湯の建物とともに存在する、わずかな昭和の残滓。

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東京DEEP案内の管理人です。2008年の開設以来、首都圏一都三県の街歩き情報を淡々と記録し続けております。いわゆる日陰者的物件、観光地にもならない場所、ちょっとアレな地域を見物・考察する事を趣味としております。2017年6月15日、単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を発売。
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