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【マリナーゼからドロヌマーゼへ】東日本大震災の液状化被害を受けた「舞浜」を歩く (2011年)

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普段なら子連れの家族があちらこちらに居るはずの公園だがどこを歩いても人の姿がなかった。ぽつんと残された岡本太郎作「五大陸」のオブジェだけがやたら存在感を発揮している。

総合体育館の前の道も掻き集められた土砂が一列の山を作っていた。よく見ると傍らにある時計のオブジェも大きく傾いている。

土砂の山に遮られた「浦安市民憲章」の看板。復興までの道のりは遠いですね。

足元のブロックがある地点で裂け目を作っている。あの地震が起きた時にここを境目に地面が波打って、水の上に浮かんだような動作をしていたはずだ。

総合体育館の建物を境にして、ここも地盤沈下で大きく段差が生じている。地震のエネルギーで破壊されたコンクリートの断面が顔を覗かせている。

建物の境目に一直線の隙間が出来てしまっていた。揺れのせいというよりも、やっぱり液状化のせいだろう。同じ市内の東西線浦安駅付近を見ても、殆ど地震で建物や構造物が壊れたりというのはなかったのだから。

総合体育館から隣接する駐車場まで地面の陥没が激しい。液状化の威力って半端ないよなあと思う瞬間。生じた段差を土嚢で埋めている。

さらに駐車場のコンクリートの上までも大きくひびが走っている。

この駐車場も地面がガタガタで、駐車スペースとの間にも段差が生じていてとても使えそうにないらしく閉鎖中。

先に進んでいくとどんどん段差が広がっていく。どう見ても駐車場に使える状態ではない。

ここにも掻き集められた土砂が山のように連なっている。駐車場がこれでは公園に遊びに来る客もそりゃ居ないだろう。

それ以前に駐車場の入口に来た時点でアスファルトがグッチャグチャにめくれ上がってるもんな。住宅地の復旧を優先しているらしくこの辺は1ヶ月経っても手付かずのままだった。

…という訳でどこを見回しても深刻な被害状況が見られる浦安市の埋め立てゾーン。東京から最も近い被災地という現実を総合体育館に掲げられた「がんばろううらやす」の垂れ幕を見て再認識。

駐車場がガッタガタで車が停められない浦安市運動公園を後にして、向かいの鉄鋼団地や舞浜三丁目の住宅街あたりを見て回る事にした。

ディズニー関連やマリナーゼ云々のイメージが強い浦安の埋め立てゾーンだが、舞浜に隣接する鉄鋼団地は関東最大級の鉄鋼関連産業の集積地。墨田区江東区あたりの鉄工場が一斉に移転して出来た。地名まで「浦安市鉄鋼通り」になっているというハードコアっぷり。

女子供を寄せ付けぬ男の汗と鉄分がプンプン漂いそうな一画だが、亀戸から移転した華原朋美の家族が経営する鉄工場があるのは地元では有名。この鉄鋼団地も液状化被害で工場の操業が停まるなど色々と被害を受けている。

歩道が陥没して波打っていたりと相変わらず状況は凄まじいが、さすがに工場は操業再開していて普段通りの姿を取り戻している模様だ。

TDRから鉄鋼団地を経て新浦安方面に抜ける車道に出る。路線バスに加えて鉄鋼団地を行き来するトラックやディズニー関係の送迎バスなどかなり通行量の多い道路だが、ここは特に見た目の被害が酷い。

警察の設置した監視カメラが搭載された大きな鉄製のポールが歩道側に大きく倒れこんでいた。液状化は容赦ない。かなり危険な感じである。次に大きな地震が来たらブッ倒れるだろうな。

同時に、歩道脇に設置された花壇が道路側に大きく角度を付けて倒れこんでしまっている。せっかく植えられた花壇の花も半分以上ダメになっていた。

ここには屋根付きのバス停もあったが同じように傾いてしまい使い物にならなくなったので、屋根が撤去されて仮のバス停の標識が新たに置かれている。

見明川河口の両側が全部鉄鋼団地の専用岸壁となっていて、かなり圧巻な風景である。ここから大型船で製品を運搬出来るようになっているのだ。

見明川沿いの舞浜三丁目や弁天四丁目の住宅地を見に行く事にする。ちょうど桜の開花時期で、歩道は桜のトンネルが見事に出来ていた。和む風景だが、あちこちひび割れを起こしていたりして気が抜けない。

ディズニーブランド全開な舞浜三丁目の住宅地は舞浜駅北口から湾岸道路の南側、大三角公園までの間に広がる。健全で人畜無害な戸建住宅が整然と並ぶ街並みだが、ここも容赦なく液状化と地震の影響で門扉が壊れてたり家が傾いたりと、尋常ではない被害状況だ。

あまりに軟弱過ぎる地盤だとニュース記事の元となったのが舞浜二丁目、三丁目付近。この付近の地盤は豆腐みたいなもので、基礎工事をしていない一軒家の多くが傾き「一部損壊」判定で支援金対象外にて自腹で復旧工事をやる羽目となった。

今度は見明川を渡って反対側の弁天四丁目へ。桜並木が映える、ウメタテーゼの春は心から安らげない。

同じく戸建住宅が立ち並ぶ弁天四丁目に来てもそれほど状況に変化はないようだ。あちこち復旧工事中で土煙が立ち込めている。

豪快にブッ倒れた民家の塀。この界隈でもこういう光景がデフォルトである。

懸命な復旧工事が街の至る所で行われ、工事用車両がそこかしこに止まっているのを見ることが出来る。

まだまだ東京近郊では液状化で家が傾いただのスーパーで品不足だのエスカレーターが止まってて不便だのその程度で済んでいるが、大津波を食らった千葉から茨城、福島、宮城、岩手、青森までの太平洋沿岸では過酷な避難生活が今でも続いている地域がある。

いつまで経っても収束が付かない原発事故もどうなるのか。未だもってシャレにならない東日本大震災の爪痕は途方も無く巨大なものである。傷が癒えるまでは数年単位の時間を要するだろう。



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東京DEEP案内の管理人です。2008年の開設以来、首都圏一都三県の街歩き情報を淡々と記録し続けております。いわゆる日陰者的物件、観光地にもならない場所、ちょっとアレな地域を見物・考察する事を趣味としております。2017年6月15日、単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を発売。
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