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目白駅前コマースビルの怪 (1)

山手線沿線随一の文教地区でありセレブゾーンとしての地位を誇る「目白」はこれまで東京DEEP案内取材班が見向きもしなかった場所だが、いくら貧民街が大好きな取材班の嗜好があろうとも好き嫌いはいかん、という事で先日立ち寄った。

まず目白駅前にはパチンコ屋すら全く無い。実は山手線の駅前でパチンコ屋が無いのは原宿と目白くらいらしい。環境意識の高いハイソな住民の方々のおかげで不純な要素が駅前からことごとく追放されている。
川村学園やら学習院大学の勤勉な学生達が行き交うお上品で清潔な街で、すぐ隣の池袋のような吹き溜まりド底辺の歓楽街があるにも関わらずまるで別世界のような駅前風景が広がっているが、そこに一軒だけ似つかわしくないビルがポツンと建っているのが見えた。



その名も「コマースビル」。商業ビルだからコマースビルとはあまりに安直過ぎて吹き出しそうになるネーミングだが、長年目白駅前のランドマークとして親しまれてきた複合商業施設だ。

イマドキらしからぬセンスの「コマース」のフォントもなおさら昭和臭を盛り立てている。地上5階、地下1階建てで規模的にはそれほど大きくもないビルだ。

このコマースビルと隣接する旧川村学園短大の土地と合わせて28階建てのタワーマンション建設計画が挙がっている。これに対して地元住民の反対運動が起きており、結果的にコマースビルの閉鎖解体が遅々として進まないと言うのだ。

で、当のコマースビルはどうなってるのかと言うと、予定されていた建物解体に備えて入居テナントの殆どが撤退してしまい、9割方ガラ空きになっているにも関わらず、もう何年も廃墟同然の佇まいで建物がそのまま残っているのだ。

住民団体「目白駅周辺の環境を守る会」のホームページによると2004年の時点でマンション建設元のNTT都市開発によってコマースビルが買収されたとあり、その時に大半の店は明け渡しを済ませているようだ。つまり5年以上はこの状態のまま放置プレイをかまされている事になろう。

激しい反対運動に加えて社会情勢の変化もあってか建設計画は事実上の白紙に戻り、コマースビル前に掲げられていた「建築計画のお知らせ」の看板も撤去されたとある。2009年の時点でタワマン建設計画は宙に浮いていたようだ。

「これまでも これからも ショッピング、フーズ&カルチャー」と書かれた看板には目白らしく安直にメジロのイラストが描かれている。そもそも商業ビルだからコマースだし直球勝負だよねここ建てた人のセンスは。
しかしこの幽霊ビルにとっては「これからも」は存在しない。

どう考えても廃墟だろコレと思うコマースビルだが、建物の前から様子を見てみると5階部分にバレエ教室があり電灯が点いているのが見える。まだ撤退していない店が若干残っているのだ。

かつてはセールの告知なんかを張り付けていたであろう掲示板も今ではこの通り何もない。

都心の駅前にある小さなビルにも関わらず屋上駐車場も備えていたようだ。やはり自家用車持ちのセレブが多い目白の事情に配慮しての事か?ビルの背後に駐車場に入る為の車両用エレベーターがあって屋上に行き来できたようで厳密には立体駐車場ではないのだが、このへんは変わった構造をしている。もちろん今では閉鎖されて入場出来ない。

店舗入口前の柱にはこの建物の概要が記されていた。第二種大規模小売店舗、協同組合目白市場とあった。日付は昭和54(1979)年6月13日。思っていた程めちゃくちゃ古い訳でもないようだ。

辛うじて目白通りに面した側の一部にはコンビニや店舗が入居していたらしいが、それらもことごとく撤退してしまっている。
ひとまずビルの中にはまだ入れるようなので、入るだけ入ってみる事にした。内部はもっと凄い事になってました。

※注:目白コマースビルは2012年10月で建物が閉鎖され解体されてしまったそうです。残念ですね。(→詳細

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東京DEEP案内の管理人です。2008年の開設以来、首都圏一都三県の街歩き情報を淡々と記録し続けております。いわゆる日陰者的物件、観光地にもならない場所、ちょっとアレな地域を見物・考察する事を趣味としております。2017年6月15日、単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を発売。
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