溶岩に呑まれた集落、火山ガスが漂うゴーストタウン…伊豆諸島「三宅島」上陸記

島嶼部

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椎取神社の埋没鳥居、生々しい噴火の爪痕

三宅島 三宅村

三池浜の北側のサタドー岬。岬の先には灯台が立っている。ちょっとした景勝地のようだが、やはりここにも観光客を含めて人の姿はない。サタドー岬という名称も方言か何かだと思っていたが、案内看板に語源に関する記述があって、便り・知らせを意味する「沙汰」から来ている説と、なぜかインドのヒンディー語説があって、サタドーとは「地獄」を意味する言葉らしい。まあなんというか、地獄とは皮肉なもんですね。

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地獄岬とはとても解釈できない眺望の良さだが目の前は断崖絶壁。足を踏み外して落ちたらそれこそ地獄なので気をつけましょうね。目の前にはさっきまで居た三池浜と三池港が見える。三宅島自体も直径8キロ程しかない小さな島だ。三宅島一周道路で島を一回りしても、恐らく1時間も掛からない。四国最西端にあるのも佐田岬、九州最南端にあるのも佐多岬だが、サタドー岬とは関連性があるんでしょうかね。

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岬のすぐ近くには廃墟と化した何かの施設が残っていて、建物も駐車場もなかなかの規模である。ここもまたかつての高濃度地区の一画。人が安全に滞在できる場所ではない。

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サタドー岬の北隣には「ひょうたん山」「三七山」と呼ばれる溶岩地帯が一面に広がっている。それぞれ昭和15(1940)年、昭和37(1962)年の噴火で堆積した溶岩で出来上がったもので、溶岩流が海に突き出た箇所があったり、噴火口がそのまま残っていたりする。

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草木もまともに生えず、黒い砂漠のようにも見える。これでも一応「東京都」ですよ。新東京百景の一つに指定されているそうです。たいそう見晴らしのいい場所だがここから本土が見える事はそうそうない。東京まで180キロも離れてるし。

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溶岩地帯を縫って走る島の一周道路はこの部分だけは極端なワインディングロード状態になっていてなんとも豪快。なんかよく分からん外車のCMなんかで出てきそうな光景。旅行者は呑気で見てられるけど、そんなにしょっちゅう噴火が起きているような危ない島だなんて、住民は大変ですね。

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ひょうたん山、三七山を抜けるとその次にあるのが「椎取神社」。ここまでがかつての坪田高濃度地区に該当するエリアで、ここも周囲の山がことごとく枯れ木に変わってしまっている。

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椎取神社の拝殿は噴火後に建て直されている。周囲には人家もなく、神社だけがぽつんとあるだけだ。噴火前までは鬱蒼としたシイノキ(スダジイ)の森の中にあったそうだが、周囲は噴火による降灰と泥流で埋まって火山ガスの影響で植物も軒並み枯死してしまい、森は跡形も無くなっている。

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…で、それまであった神社の拝殿と鳥居はどうなっているかというと、この通り噴火活動による降灰と泥流ですっかり地中に埋もれてしまい、てっぺんの部分だけ地中から僅かに出ているという状況だ。鹿児島の桜島にもこういった埋没鳥居があったが、とても自然の力には勝てません。

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旧拝殿もトタン張りの屋根から下は全て土の中に埋もれてしまい中がどうなっているか見る事も叶わない。雲仙普賢岳の噴火で埋もれた家もこんな感じになってたな。

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噴火から13年、すっかり枯れ果ててしまったシイノキの森だが、一見枯れた木の下から新しい芽が生えていて、この調子だとあと数十年でまた元の森が蘇りそうな勢いだ。レンタカー屋のオヤジはこの椎取神社の事を「島で一番のパワースポットだ」と言っていた。パワースポットねえ…

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人口3000人足らずとなってしまった火山島・三宅島だが、一応ながらに高校が存在する。東京都立三宅高等学校が建っているのは、マールと呼ばれる大昔の爆裂火口の中。周囲が山に囲まれた地形になっていて僅かにその事が分かるが、火口の中に学校が建っているのは全国的にも珍しい。2000年の噴火で全島避難中は秋川高等学校を臨時分校として三宅村の小中高校が併設され、島の生徒が授業を続けていたそうで。

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一方で、長引く避難生活などで島の人口減少が顕著な中で、島にあった3つの小学校は2007年4月1日に新設開校された三宅小学校に統合、島の南側に位置する坪田小学校は廃校となり、今では郵便局とシルバー人材センターが入居している。

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それから島の南側の立根地区まで回っていくと、阿古集落との間あたりにも豪快に溶岩流で覆われたワイルドな風景を目にする事になる。この近くにある新鼻新山は昭和58(1983)年の噴火活動で一瞬のうちに現れた山で、ここはGLAYの歌のPVに使っていたらしい。しかも「HOWEVER」。やわらかな風は吹いてませんけどね。ほんのり硫黄臭い嫌らしい風なら吹いてますが。

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島の南西側にあたるこの辺も「阿古高濃度地区」に指定されていたが、坪田高濃度地区よりも先の2009年4月1日に指定が解除されている。未だに島内各所には火山ガス濃度に注意を促す看板が各集落毎に設置されていて、なかなか気の抜けない状態だ。

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他にも、2500年前の噴火で出来た火口だという「大路池」とか、昭和58(1983)年の噴火活動で一瞬で干上がった「新澪池」とか、噴火にまつわる色んなものが島中で見られます。

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世代を跨いで幾度と無く襲う噴火の脅威。昔の島民にとってこのスダジイの大木が噴火を司る神が宿る木であると信じられていたらしい。「迷子椎」と呼ばれる樹齢数百年の大木が大路池の近くの森の中にあった。この密林で迷子になってもこの大木を目印にすれば助かると伝えられている事からそう呼ばれている。

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