どうぞ、お好きなSNSで拡散して下さい

米軍基地キャンプ・ドレイクの痕跡「朝霞」を歩く (3)

かつて朝霞に存在した米軍基地「キャンプ・ドレイク」。それは広大な面積を持ち、朝霞に留まらず和光、新座、さらに都県境を跨いだ練馬区にまで及ぶ巨大基地だった。
国道254号川越街道を隔てて北側をノースキャンプ、南側をサウスキャンプと言った。現在はサウスキャンプの南東部に僅かに未返還地区を残しているのみで、その大半が自衛隊施設や公共施設に様変わりしている。
95-31.jpg
ノースキャンプと呼ばれていた地域は現在も朝霞市街地のど真ん中に残る広大な基地跡にその面影を見る事が出来る。
東武東上線朝霞駅の南西一帯、朝霞市役所に税務署、市立図書館に総合体育館、朝霞西高等学校、朝霞第一中学校、朝霞中央公園などが取り囲む中央部分に未だに荒れ果てた米軍基地の残骸が廃墟のまま何十年も置き去りにされている。


95-32.jpg
この未整備エリアの周囲をぐるっと一周出来る道があるので、ひとまず周りを見てみることにした。まるで公園のような趣きで、ジョギングやら犬の散歩やらをしている市民や中高生が何の気なしに道を通り過ぎて行く。
95-33.jpg
所々、米軍基地跡方向に進入出来る車道が残されてはいるのだが、一般市民の立ち入りは断固として禁止されていて、どこからも出入りさせる隙間すらない。これでも昔は勝手に出入りして廃墟探検なんぞをやらかす無謀な奴らもいたようだが(ネット上にいくつか内部写真を掲載しているサイトがある)今となっては中の様子を伺う事などかなわない。
横田基地のような現役の米軍基地とは違い一般開放日なんてものはないのだ。
95-34.jpg
ノースキャンプ全域は日本に返還後、国有地として財務省関東財務局が管轄する土地になっている。関係者以外立入禁止である。残念無念。

大きな地図で見る
ちなみにこの奥には「リトルペンタゴン」と呼ばれる中枢施設の残骸が今も残っている(→詳細
航空写真で見てみると様子が非常にわかりやすい。
建物自体は取り壊されているものの、変則的な建物の輪郭だけがくっきり残っている。
95-35.jpg
金網に閉ざされた向こうのアメリカ。すっかり森に還った廃墟しか見えないのでいくら外側から覗き見ても、特に何も感ずることはない。
95-36.jpg
所々コンクリートが剥き出しになった所を雑草が自由自在に伸びだしている場所がある。年月の重さを感じさせる光景。ちなみにノースキャンプの主要部は昭和51(1976)年に中心部分を除いた大部分が返還され、その後昭和61(1986)年には全面返還されている。
95-37.jpg
金網のすぐ向こうにはキャンプ・ドレイク現役時代に使われていたスピーカーのついた古びた木製の電柱が顔を覗かせたりしている。真冬の時期なので比較的見通しがいいが、これが夏ともなると葉っぱが覆い茂りまともに見られないはず。
95-38.jpg
時折ノースキャンプの奥へ続く車道を確認する事が出来るが、道の果てを見つめてもひたすら森しか見えない。全ては謎のベールに包まれている。
95-39.jpg
どこをどう見ても金網越しになるので似たような写真しか撮れないのが辛い所だ。総合体育館前から南に下り、朝霞保健所の前を右折、時計回りに反対側の中学校・高校前に出る。
95-40.jpg
頻繁に中高生が通学に行き来するリトルペンタゴン西側の車道。こちらは中枢施設に近いのかして米軍基地の残骸らしき看板やら何やらがそのまんま残っているのを観察出来る。錆び錆びになって文字が視認しづらいが、なんたらアベニューと書かれた道案内が見える。
95-41.jpg
しまいには金網越しに米軍基地施設の残骸と思しき建築物まで確認出来る。まあただの小屋でしかなさそうだが…
95-42.jpg
さらにガソリンスタンドのような屋根付きの構造物まで見える。周囲はすっかり森と化していて車が入るような余地すらない。
95-43.jpg
金網越しから頑張って見てみたが、構造物に文字が書かれているのがようやく視認出来る。
「F_LL__G_____ION」の文字…空いた文字を埋めると「FILLING STATION(ガソリンスタンド)」になるか?
95-45.jpg
かなり奥の方にももう一軒の建築物が確認出来るが、これ以上はなんともできない。
95-44.jpg
他にも黄色い塗装が施された消防用水利の残骸などもあちこちに見られる。
95-46.jpg
あと金網越しに見られるものといったら道路標識くらいか。
95-47.jpg
英語と日本語が併記されている道路標識もあるにはある。この付近はパーキングエリアだったのだろうか?
95-50.jpg
ほぼ一周してきたが、外側から見える範囲だけではそれほどめぼしい物件が見られるという訳でもなかった。それ以前にここは国有地なので、いずれは何らかの開発計画が始められた時に全て取り壊される予定なのである。
95-49.jpg
で、案の定朝霞のキャンプ・ドレイク跡地にも国有地開発計画が立った事もあったのだが、それが何故か「公務員宿舎」の建設が計画される事になり、それが総工費100億円も掛けた超豪華ハコモノ開発だったため市民の猛反発を招き、事業は一旦凍結されるに至る。
95-48.jpg
いまだにキャンプ・ドレイク跡の一角には開発事業等事業計画表示板に加え、公務員宿舎整備事業凍結のお知らせと書かれた張り紙が貼られている。
ところが最近になって「事業再開」されたらしい。いよいよこの米軍基地の残滓も跡形もなく消え去るのだろうか。今後の動向に注目。

君たちにつたえたい 朝霞、そこは基地の街だった。 (自由をつくる)
中條 克俊
梨の木舎
売り上げランキング: 706648
The following two tabs change content below.
東京DEEP案内の管理人です。2008年の開設以来、首都圏一都三県の街歩き情報を淡々と記録し続けております。いわゆる日陰者的物件、観光地にもならない場所、ちょっとアレな地域を見物・考察する事を趣味としております。2017年6月15日、単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を発売。
トップへ戻る
Copy Protected by Chetan's WP-Copyprotect.