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大船駅前の巨大観音像「大船観音寺」

古都鎌倉の玄関口であるJR大船駅。一応鎌倉市に入っているが、どちらかというとベッドタウン的色彩が強い街で、あまり観光客が立ち寄る場所ではない。
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今回は田谷の洞窟を訪問するために大船を訪れた訳だが、駅の西口に降り立つと、ほんの気持ちだけ並んでいる駅前雑居ビルとバス乗り場、それに駅と街を分断する柏尾川、なんとも微妙な風情が漂う。


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そんな駅西口から見える巨大な観音様の頭。大船観音寺である。大船のシンボルマークと言っても良い不思議な存在感を放つ観音様が鎮座する山に、ちょっと立ち寄ってみることにする。
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柏尾川を渡って駅前のくたびれた八百屋の脇から大船観音入口と書かれた案内看板に従って路地に入り込む。
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路地裏からさらに裏山へ伸びるかのような参道が現れる。参拝者はここからちょっとしたハイキング気分で坂道を登る事となるのだ。
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参道は途中から雑木林に囲まれて完全に森のトンネルに変わる。意外に坂道が急なので、夏の暑い時期は結構大変。ここも拝観時間は朝9時から夕方5時までとなっていて、時間外は出入りができない。
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坂を登ると眼下に大船駅前の街並みを見下ろせる。東海道線、横須賀線、京浜東北線、湘南モノレールの駅が一堂に会するターミナル駅だが、どこかマイナーな臭いがする大船駅。横浜でも鎌倉でも湘南でもない中途半端さが街の特徴だ。
山門前が受付になっていて、拝観料300円を支払って境内に入る事が出来る。寺の参拝に毎度お金が掛かるのはさすが古都鎌倉仕様。まあ京都みたいなもんだしな。
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大船観音寺は昭和4(1929)年に地元有志(財団法人大船観音協会)によって護国観音の建立を目的に作られ、宗教法人の寺として認証されたのも昭和56年になってからという、かなり歴史的に新しい寺である。
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設立目的自体が平和祈願ということもあって、境内には「原爆の火」を始めとする平和モニュメントが置かれている。
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「原爆の火」は神奈川県原爆被災者の会により福岡県星野村にある原爆の火から分灯されて保存されている。基本的には夕方までの拝観時間しか見られないので、火が灯っている様子はあまりよく見えない。
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境内の奥に入ると、大船駅のホームからも見えたあの観音様が姿を現す。確かに巨大な観音像ではあるが、肩から上しかない。
この護国観音は昭和4(1929)年に築造を始め、5年後に輪郭が整う所まで進んだものの、戦局の悪化で長らく放置されるに至った。平和祈念の為の観音像が戦争のために完成出来ずに居たというのも何の因果か。
しかし戦後に築造を再開して、ようやく完成したのが昭和36(1961)年と、かなり長い年月を掛けている。
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観音像の背後から「胎内」に入る事が出来る。中には小さなお堂がある他、大船観音建立までの歴史を紹介するパネルが並んでいる。駅のホームから見える巨大な観音像に珍寺臭を感じてやってきたが、いたってまっとうな平和祈念の場であった。
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ところで、境内には寄進者の名前が刻まれた灯籠が並んでいる訳だが…
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「手都トンキンレィレィウィン川口兄弟」さんが一体何者なのか気になってしょうがない。日本人なのか外国人なのかさっぱり意味不明。むしろこっちの方が大船観音寺最大のミステリーだった。
>田谷の洞窟へ

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東京DEEP案内の管理人です。2008年の開設以来、首都圏一都三県の街歩き情報を淡々と記録し続けております。いわゆる日陰者的物件、観光地にもならない場所、ちょっとアレな地域を見物・考察する事を趣味としております。2017年6月15日、単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を発売。
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