「渋谷区」と聞くとまず我々は真っ先に流行の先端地でありトレンドの街という所謂渋谷駅や原宿駅周辺のあのへんの風景を思い浮かべるものだが、渋谷区という行政区画全体で考えるとそんなイメージとはかけ離れた、見捨てられたような住宅街が存在している。
渋谷区の北部にある幡ヶ谷・本町エリアだ。
位置的には渋谷駅よりもむしろ新宿駅に近く、ここが何故渋谷なのか不思議に思うほどである。
幡ヶ谷と言えば大阪府知事で元タレント弁護士の橋下徹氏が幼少時代を過ごした場所でもあるが、一般的には国道20号甲州街道が街をぶった切っている地味な住宅街というイメージが強い。甲州街道は新宿から八王子・山梨方面に伸びる主要道であり、上には首都高4号新宿線、下には京王線が走っている。
しかし曲者なのが京王線幡ヶ谷駅の存在。同じ京王線でもこちらは都営新宿線と直通運転を行っている「京王新線」でしかアクセスすることができない。間違って新宿駅始発の「京王線」に乗ってしまうとやって来れない街なのである。手前の初台駅も同様。実に紛らわしい。
しかし甲州街道から脇道に入ると緩い坂道に古い住宅が立ち並ぶ落ち着いた佇まいを見せる。おおよそ新宿の目と鼻の先にあるとは思えない風景が続く。
東京山の手は戦災の影響を受けた地域が少ないゆえ、この界隈でも戦前から市街化されたままの狭い路地に住宅が密集する独特の街並みが残っている。細い路地のすぐ向こうには東京都庁が見えて、新旧の落差を一目で感じることができる。
一方、甲州街道沿いには雑居ビルやマンションが建設されて狭苦しさを強めている。ところがある一画だけがやたら宗教施設っぽい塔になっていて、思わず反応してしまった。
この塔の正体は「幡ヶ谷子育地蔵尊」。この土地に置かれて300年余りにもなるというお地蔵様だった。ちょうどこの場所が幡ヶ谷の一丁目一番地でもある。
中を見れば一昔前のポリボックスのような作りをしている。お地蔵様を祀るための場所には見えないところがまた個性的である。甲州街道が拡幅工事されて現在の広い道路になる前にはちゃんとしたお堂も存在していたそうだ。
それにしても肝心のお地蔵様がこんな牢獄のような檻に閉じ込められているのはいかがなものかと思うわけだが。
子育地蔵尊から甲州街道を跨ぐ歩道橋を渡った先には年季の入った高層住宅「都営幡ヶ谷二丁目アパート」が存在する。
住宅1階にある店舗群は年月だけが過ぎていてレトロ感すら漂う。
渋谷や新宿の徒歩圏にあるというだけで民間デベロッパーの論理なら喉から手が出るほど欲しい場所柄だがお役所が管理しているという条件一つで不動産の競争原理からは対象外となってしまう。これぞ全然渋谷らしくない渋谷。
幡ヶ谷のあたりは渋谷区の中では都営住宅の数がとりわけ多い。地価のべらぼうに高い東京においては廉価な都営住宅の人気は高騰、大阪のように特殊な人種やガチ貧民ばかりで入居を避けられるという事情とはいささか異なるようで。
空き家抽選の倍率を見れば20~1000倍という高倍率となっており入居は運任せ。まあ都営住宅の性質を考えても場所を間違えればカルト宗教やヤンキーの巣窟というリスクもあるが背に腹は変えられぬ。
幡ヶ谷の団地を抜けて、次はさらに渋谷区の北の果てである「本町」に続く。