文京区後楽園 (3) 小石川後楽園

東京ドームシティ文京シビックセンターのある後楽園駅前から離れて、次は後楽園の地名のもとにもある都立庭園「小石川後楽園」へと向かった。そこは徳川家が築いた都内有数の庭園である。
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後楽園駅から小石川後楽園へ続く道沿いには地下鉄丸ノ内線の線路が見える。地下鉄の路線が石垣の上に載っているという奇妙な風景はあまり見かける事がないだろう。電車を停める車庫があって、丸ノ内線の車両を見られる。


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小石川後楽園は地理的には東京ドームに隣接しているはずだが、正門は全く逆側に位置しているので、後楽園駅方向から来るとぐるっと半周回らされる形になる。徳川家が作り上げた庭園の広大さを外部からでも窺い知る事ができよう。
道の途中には閉鎖されたまま放置プレイの独立行政法人・労働者健康福祉機構の福利厚生施設「後楽園会館」の廃墟もある。雇用保険の金で「私のしごと館」や「スパウザ小田原」などの謎施設ができるかと思えば労災保険の金でこういう建物もできる。独立行政法人にまつわる金遣いの荒さは批判の的に挙がる事が多い。
近年は国家的財政難もあり行政の無駄を省くという名目で、この手の施設が次々廃止されまくっている。後楽園会館は2006年3月末日で閉館したようだが3年が経過してもこの有り様。これが役所の感覚か。
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後楽園駅から徒歩10分近く、ようやく小石川後楽園の正門に辿りついた。正確には西門にあたる。調べてみると飯田橋駅とほぼ中間地点にあたる距離にあった。
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江戸時代初期に徳川家が作った広大な日本庭園は東京都心でも貴重な自然空間を残す貴重な場所だ。現在は東京都が運営しており、入場料300円を払えば都会のオアシスが満喫できる。
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東京ドームやら遊園地やらはたまた馬券売場だとかそんなものばかり目が行く後楽園だが、地名の元ともなったこの庭園があんまりメジャーではないのが不思議。
京都の庭園にはみんな高い新幹線代をはたいて有難がって行くものだが東京にもこんな立派な庭園があるなんて、灯台下暗しとはこの事を言うものだ。
日常の喧騒とは無縁の静寂さに包まれている。
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水戸徳川家の上屋敷である小石川後楽園は水戸黄門でおなじみ徳川光圀も幼少時からゆかりがあり、本人が庭園の改修を行っていたと言う。そんなわけで歴史的にも重要な意味を持つ庭園、国指定特別史跡である。
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園内には四季折々の花が飾られておりいつの季節に来てもだいたいハズレがない。夏の終わりの時期にやってくると蓮の花が綺麗に咲き誇っている。
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蓮の花の美しさたるや幻想的ではあるが散った後に残る実(正確には花托という)の部分のグロさといったら異常。ネット上に「蓮コラ」として出回っている通り、とても素敵な花ですね(笑)
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園内を歩き回っていると結構本格的な山道があって驚く。ただの庭園だと思ってなめてかかると遭難する恐れがある。巨大な日本庭園の存在は徳川家の財力の凄さを今に知らしめる。
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小石川後楽園を後にしてそのまま飯田橋駅方面に歩くと、隣接して建っているのが「日中友好会館」。外務省アジア大洋州局中国課所管の公益法人が運営する。主に中国の芸術品を展示している美術館や中国人留学生が宿泊する寮が完備されている施設だ。
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日中友好会館のある四つ角を曲がるとそこには謎の巨大オブジェがある。景観破壊もいいところだがこれは一体何やねんと思ったら都営地下鉄大江戸線飯田橋駅の入口だったのだ。
この都営大江戸線というのもバブル期のノリで作られた路線の一つ。全ての駅がそうとは限らないが、一つ一つの駅が無駄に豪華で笑える。少しずつ駅写真を集めているのである程度溜まったらレポートしてみようかと考えている。

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東京DEEP案内の管理人です。2008年の開設以来、首都圏一都三県の街歩き情報を淡々と記録し続けております。いわゆる日陰者的物件、観光地にもならない場所、ちょっとアレな地域を見物・考察する事を趣味としております。2017年6月15日、単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を発売。
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