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忘れられた横浜「新子安」 (2) 子安浜漁港

新子安駅と子安駅の間あたり、第一京浜の南側一帯に子安浜という場所がある。そこには未だに昔ながらの漁港の風情がそのまま残る凄まじい景色が広がっているという話を聞いてやってきた。

新子安駅前の高層マンションを背に、目の前に広がるのは岸壁に沿って築かれたバラック家屋と水上建築群。まるで東南アジアの発展途上国のそれを彷彿とさせる、容赦ない光景だ。これが「子安浜」。バリバリ現役の漁港である。



新子安駅から第一京浜を西に向けて歩くと、入江川という小さな川の河口部分から子安浜の漁港が姿を表す。水上に足場が組まれている他、建物の一部が水面にせり出しているのが見える。

子安浜沿いの道を歩くと見事に並ぶバラック建築が素晴らしい。どの家屋も薄い青色などでトタン壁をペイントしている。そこだけがまるで「戦後」の空気が流れている。

入江川河口にびっしり並ぶバラック家屋。まるで水上家屋のようだが、実際にそこで暮らしている世帯の存在もあり、今もなお漁で生計を立てているそうだ。
子安浜では東京湾の海洋汚染が進みだした昭和40年代に多くの漁民が漁業権を放棄したが、現在も一部では自由漁業の範囲内で各々の世帯においてシャコ漁や穴子漁などが続けられている。

海面に大きくせり出したバラック家屋。今どきの建築基準法的にはあり得ない存在だが子安浜では当たり前のように残っている。
ちゃんとした港町であれば護岸整備くらいはされるものだが、子安浜に限っては何故か何者の手も加えられずに現在に至っている。非常に稀なケースだ。

夥しい数の漁船と仕事道具の数々は子安浜が現役の漁港であることを示す何よりの証拠である。しかし周囲は高層マンションと首都高に挟まれている。ここだけがタイムスリップしたかのようだ。

子安浜ではこのような船溜まりがおよそ4~500メートルに渡って続いている。東京近郊では最大級であることには違いない。

だがやはり漁業だけで生計を立てるのは難しいのだろうか、子安浜沿いには屋形船や釣り船の看板が掲げられた家屋が多い。

「本日の釣り物 外道」…外道?!

一方で廃墟化したバラック家屋の存在も目立つ。その多くは漁師を辞めて使われなくなった倉庫の跡だったりする。ましてや横浜の都会のど真ん中にあるような町で漁師の跡継ぎがなかなか出来るはずもなかろう。

一体いつから放置されているのか分からないゴミが大量に転がっている。

さらに子安浜の通りを西に進むと車庫代わりに使われているコンクリート製の構造物がある。これも昔は漁師の倉庫に使われていたものだろうか。

昔はシャコ漁の名所で知られていた子安浜。今ではただの車庫になってしまったようです。

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東京DEEP案内の管理人です。2008年の開設以来、首都圏一都三県の街歩き情報を淡々と記録し続けております。いわゆる日陰者的物件、観光地にもならない場所、ちょっとアレな地域を見物・考察する事を趣味としております。2017年6月15日、単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を発売。
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