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軍港・横須賀 (9) ヴェルニー公園

横須賀の街へ行くにはもっぱら京浜急行を使うのが通常の手段だが、そういえばJR横須賀線というのもあった。
横須賀線と言えば、大船周りで遠い上に電車賃も高い、そしてJR横須賀駅は街外れにぽつんと立っているだけという微妙な状況。使えるのは、鎌倉・湘南方面に行く時くらいか。もともと通勤手段ではなく軍港である横須賀港への輸送を目的とした路線だから致し方なしだが。

JR横須賀駅のロータリーに降りると、バスターミナルがあるくらいで殆ど店らしき店はない。観光地として賑わう鎌倉駅前とは真逆の風景だ。



駅前のロータリーからは、背後の山にへばりつくように雑居ビルが立ち並ぶ。店らしい店は、大衆食堂くらいしかない。

雑居ビルの一部は倉庫や町工場だったりして、おおよそ駅前の風景とは思えない姿を晒していた。

さらにその先には古ぼけた居酒屋の看板。雑居ビルは解体寸前の状態で建物自体も閉鎖されていた。

後日訪れると雑居ビルは見事に解体されて跡形もなくなってしまった。建物が消えて背後の山が剥き出しになっていたが、よく見るとトンネルの遺構が顔を覗かせているではないか。

あまりに街外れで侘しいばかりのJR横須賀駅前だが、海側に出るとヴェルニー公園という、開国の地横須賀らしく名前からして洋物かぶれの公園が広がっている。

このヴェルニーという名前は、かつて開国まもない日本で横須賀造兵廠の建設を指導する責任者として着任したフランス人技師、レオンス・ヴェルニーの事で、公園内にはヴェルニーの胸像も置かれている。
他にも公園内にはヴェルニー記念館もあって、旧横須賀製鉄所の鍛造・圧延用スチームハンマー(日本最古のもの)が移設展示されている。

すっかり目新しいばかりの公園かと思っていたが、公園の入口には旧海軍時代の逸見上陸場の衛門がそのまま残されている。昔はここが軍港の入口だったわけだ。

明治末期~大正初期くらいの建築だそうだが、その古さの割には建物の姿をしっかり留めている。

公園は2001年に改修されて、フランス人のヴェルニーにあやかってフランス風庭園として整備されている。

横須賀港を正面に綺麗な広場に花壇、ベンチが整備されていて、いかにもなデートスポット状態となっている。

公園の片隅には、軍港横須賀らしく、旧海軍にまつわる慰霊碑がいくつも並べられているのが見られる。

戦艦を象った「國威顕彰碑」。なんだか合体ロボみたいに見える。かなり古びているのが見えるが、正面の碑文が剥がされたままになっている。もしかすると愛国心を駆り立てる文章が刻まれていたのかも知れない。

特に海岸沿いから眺める軍港横須賀らしい風景は一見の価値がある。対岸からは米海軍と海上自衛隊の護衛艦を遠目に見る事ができるのだ。

公園の海沿いの遊歩道から見える軍艦。左側には海上自衛隊横須賀地方総監部があって、停泊している船は海上自衛隊のものだ。ずらりと並ぶイージス艦や護衛艦の数々が見られる。

対岸の正面は米海軍の敷地となっていて、アメリカの護衛艦に加えて、日本の自衛隊の潜水艦も間借りする形で停泊している。
ここで戦艦を眺めていると、米軍基地勤務と自称する海軍マニアのオッチャンに声を掛けられた。ヴェルニー公園側から見られないが、米軍基地の裏手の岸壁には原子力空母が泊まっているのだと聞いた。
そういえば最近、横須賀港に配備される空母がキティホークから原子力空母の「ジョージ・ワシントン」に変わったと聞いていて、プロ市民が抗議していた記憶がある。

で、ヴェルニー公園の片隅では物々しい旗を掲げてフォークソングを歌いながら原子力空母の横須賀配備に反対するプロ市民の集団がいたわけだが、こういうのもさすが軍港横須賀らしい風景である。

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東京DEEP案内の管理人です。2008年の開設以来、首都圏一都三県の街歩き情報を淡々と記録し続けております。いわゆる日陰者的物件、観光地にもならない場所、ちょっとアレな地域を見物・考察する事を趣味としております。2017年6月15日、単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を発売。
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