商店街の真裏にびっしりこれでもかと残されている、鳩の街の旧カフェー街の名残り。広範囲に建物が残っている玉の井とは違って、こちらはタイル貼りの遊郭建築が一ヶ所に密集していて、玉の井以上に「臭い」が残っていた。
茶色のタイルで敷き詰められて板チョコ状態のカフェーの一軒。やはりここも個人宅に変わっているようだが、丸い柱や角の曲線は共通していて美しい。
板チョコ状態の隣はこれまた見るも無残なトタン張りの廃屋が大量に蔦を絡ませながら佇んでいる。2階部分は建物の構造自体がボロボロになって屋根瓦も吹き飛んでいるが、家の構造を見るに、これもカフェーとして使われていたものだろうと推測する。
外壁部分がサイディングされている民家も、カフェー時代の青い豆タイルが敷き詰められた柱の部分だけはそのまま残しているので、元遊郭だったことが分かる。
庇の部分に茶色、壁面にピンク、柱は水色、足元は緑色とかなりカラフルな遊郭建築も今では人の家。
庇の部分は建物に沿ってぐるりと一回りしている。
その正面の家も2階部分のバルコニーがいかにもカフェー調だ。もうかなりの数の家を見てきたが、戦後から昭和33年までの僅かな間にも、鳩の街には最盛期で100軒以上の「カフェー」が軒を連ねて300人以上の私娼が居たと言われている。
さっきの家にもあった緑色のタイルが別の家にも使われていた。戦後の極度な物資不足の中でもこれだけ綺麗で長持ちするタイルを集めてこれだけ巨大な私娼窟を築きあげたのだから、人間の営みの中で性風俗の役割は何よりも重要だったという証になるのではなかろうか。
鳩の街に残るカフェー建築はかなり種類が豊富で、1階がカフェー調で2階部分が和風の変わった樣式の家も残っている。
他にも、角の柱がやたらどっしりと巨大なカフェー建築。コンクリートが剥き出しになっていて、タイル張りが施されていない。
建物の横手を見るとアーチ状の線が残ってその下に板張りがされているのが見える。その上にはライトを取り付けるような金具が残っているのを見ると、昔は扉があって、娼婦がそこから顔を覗かせていたのだろうかと想像を巡らせたくなる。
あと、これもカフェー建築というのかどうかは分からんが、まるで街工場のようないでたちの、窓がずらりと並んだ大きめの家がある。
玄関先に回るとライトの金具が残っているのを見て、やっぱりこの建物もそうなのか…と想像する訳だが、建物には何も書かれておらず廃屋同然になっているので、なんとも不思議だ。
しかも裏に回ると、2階部分はアパートとして普通に今も使われているので、ますます訳が分からない。どうでもいいが、家賃はかなりお手頃そうだろうな。
鳩の街周辺も玉の井と同じく、オンボロアパートの巣窟状態で、街のあちこちで銭湯が現役で稼働しているような街だ。東京スカイツリーが出来ても、変な開発業者に入られずにこの先も同じ風情を保っていられればいいのだが。
そんな街の片隅に「やめよう なくそう シンナーあそび」。
やっぱ町工場が多いから入手し易いんだろうな。
シンナー遊びじゃなくてオンナー遊びにしときなさい、なんてお父さんがダジャレを言ったりなんかしたら今どきの感覚だと白い目で見られるのがオチか。残念ながら今では吉原まで行かないとありません。