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大宮駅前・放置プレイの地下街「大門地下道」 (1)

大宮は東京のベッドタウンとしてだけではなく、北関東における一大拠点都市として位置付けられていただけあって、戦後は早くから商店街やデパートなどの商業施設の建設が活発に行われていた。
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大宮駅東口も今となってはデパートらしい施設と言えば高島屋くらいのものだが、その高島屋が建つ交差点の角に黒い外壁の「中央デパート」のビルが今でもそれぞれ立派にそびえているのが見える。
昭和41(1966)年に地元商店街とスーパーの共同資本で設立されたデパートだったが、その後は大手百貨店が次々進出して競争に勝てずにデパートをやめてただの雑居ビルと化している。


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中央デパートの手前にももう一つ古い雑居ビル的な「大一ビル」の建物がある。3階から5階の部分がまるごと漫画喫茶マンボーになっていて超巨大でケバケバしい看板がフロア全体を隠している。
このビルは昭和35(1960)年に発生した火災を契機にした再開発計画で建設された「大一デパート」の名残りである。デパート自体は10年足らずで廃業、その後雑居ビルに変わったのは向かいの中央デパートの辿ってきた道と同じだ。
今では「大宮の九龍城」などと言われるほどの建物らしいが、その大半がサラ金と満喫に変わってしまっては風情に乏しい。
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それよりも興味を引くのは、大一ビルの真ん前の路上にぽっかり地下への入口が穴を開けている事だ。実はかつての「大一デパート」には地下街が存在していたのだ。言うなれば「デパ地下」。ちなみに正式名称は「大門地下道」というようだ。
しかし人々はなぜかその地下街を避けるように道を行き来する。この奥には一体何が隠されているのだろうか…
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怪しげな入口から地下街へ入ると、そこには一軒のメガネ屋と謎の地下通路があった。
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この「メガネのオガワ 地下店」が地下街に残る唯一の店舗である。大一デパート創立時から営業を続けていたという小川時計店の現在の姿だ。古びた地下街にあってこの店だけがやたら輝いて見える。
ちなみにこのメガネ屋が営業していない時にはこの地下街への入口自体も固く閉ざされ、中に入る事もできなくなる。
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そしてメガネ屋の横、階段から降りた後ろ側に真っ暗闇の通路が口を開けているのだ。
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通路の奥に足を踏み入れると、まさにそこは「地下街」だった痕跡をそのまま残しているような空間が広がっていたのだ。そして、やっぱり誰一人として人影もない。
「メガネのオガワ」の古い看板だけが目立っている。
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地下街は大一ビルの敷地に合わせて、約50メートル程の長さがある。途中の店舗跡は廃業して使われていないか、もしくは地上店舗の倉庫か飲食店の厨房兼従業員の休憩室のようになっている模様。
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誰が見る訳でもないのに意味も無く貼られているポスター群。大宮アルディージャ、さいたま市花火大会、そしてピースボート。
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謎の地下街は奥に進むにつれ殆ど物置場と化している。場所が場所だけになんだかもったいない気がするが、なぜ放置プレイのままなのか。
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一番突き当たりまで進むと倉庫同然の状態で道の殆どが塞がれている。奥の照明だけがやけに眩しく、周囲の壁に反射してオレンジ色の怪しい光を放っていた。
参考記事
昭和の遺構?大宮駅東口の大門地下道探索
時の止まった地下街~大宮・大一ビル~
■昭和40年代の大宮市を覚えてる方■ その2

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東京DEEP案内の管理人です。2008年の開設以来、首都圏一都三県の街歩き情報を淡々と記録し続けております。いわゆる日陰者的物件、観光地にもならない場所、ちょっとアレな地域を見物・考察する事を趣味としております。2017年6月15日、単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を発売。
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