周辺の再開発やオフィス街化で表向きはどんどん綺麗になっていくばかりの五反田界隈だが、五反田駅東口の歓楽街「五反田有楽街」の入口付近にかなり怪しげな一画が残っている。
酷く老朽化した7階建ての細長いビルは、既にテナントも撤退しているのか表の店舗も立ち退いていて、上層階には外壁などの崩落を防止するために張り巡らされたと思われるネットがびっしりと覆いかぶさる。
立ち退き済みの1階店舗部分を見てみると、そこにはなぜか日本共産党のポスターが貼られていた。その隣には閉店を知らせる張り紙。
雑居ビルの存在に気を取られて路地裏に入り込むと、その奥もなかなか凄まじい様相を見せていた。居酒屋など飲食店が数店舗程ひしめき合っていた。
「かきがらビル」と書かれた雑居ビルの横手にはレトロな丸窓が取り付けられていた。かなり昔からある建物だという事が何となく分かるが、詳しい建築時期はよくわからなかった。見ている限り、多分近いうちに取り壊される気配だ。
その向こうに並んでいる飲食店群も、多くが戦後のバラックがそのまま使われているかのような佇まいを保っている。五反田駅周辺は殆どが再開発計画などで昔の風情が失われているので、この路地裏の存在はかなり貴重である。
しかし一番端の区画だけが何かの拍子に更地になったのかして、草ボーボーの状態で放置されていた。
バラック居酒屋群も良いが、それよりも気になるのが、まるで怪獣でも出てくるんじゃないだろうなと思わせるオドロオドロしいフォントが強烈な「フランス料理・グリルエフ」の看板。
看板だけではなく建物自体もかなり凄まじい。全体が蔦で覆い尽くされている。妖怪屋敷のような外観のフランス料理屋は、昭和25(1950)年開業というから、店が出来てから半世紀以上になる。
これは入るしかないだろうと意気揚々に玄関口を見ると、思いっきり定休日でずっこけてしまった。日曜日と祝日はやっていないのだ。これも五反田がオフィス街だからであろうか。仕方ない。また次の機会にしよう。
「グリルエフ」の角を曲がると、再び駅前ロータリーに出る事になる。本当に僅かに残された昭和の空間だ。
ついでに、表側に並んでいる文具屋の建物などもかなり古びている。
五反田駅東口は、この一画を除いて殆どがオフィスビルやテナントビルに変わってしまい、全体的に昭和の風情というものからは遠ざかっている。この路地裏ゾーンも、いつまで残されるのだろうか。


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