品川DEEP「五反田」 (6) 池上線ガード下酒場

東口の有楽街、西口のラブホ街、表向きにはオフィス街に見えるが路地に入ると途端に胡散臭い光景が続く五反田の街。
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五反田には山手線や都営浅草線の他に東急池上線の駅もある。この池上線は池上本門寺参詣客の輸送手段として開業した路線で、五反田から旗の台、池上を経て蒲田に至る。


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変わっているのが、五反田で始発駅となっている池上線の駅の構造だ。池上線ホームは五反田からさらに品川方面に延伸することを前提に、築堤上に建てられた山手線ホームを跨いでかなり高い位置に作られている。駅舎自体もかなりボロいので、真下から見ると物凄い迫力。
延伸計画は当時の池上電気鉄道と京浜電気鉄道の確執から頓挫し断念した経緯がある。
池上線五反田駅の改札は隣接する東急五反田ビル内に繋がっていて、ビルの4階から改札口に直結している。
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池上線と山手線が立体交差している部分に近づく。山手線は明治時代に、池上線は昭和3(1928)年に作られ、どちらも戦前建築の駅舎。東急は東横線と田園都市線以外の駅にはあまり金を掛けないのか、駅がとにかくボロいまんまだ。
五反田駅西側は戦時中に爆撃を受けて壊滅状態になっているが、ホームの基礎部分だけは開業当時のまま使われているらしい。
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この池上線五反田駅のガード下に、戦後のドサクサで出来た名残りと思われる酒場通りが目黒川の鉄橋前まで続いている。
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だが、無残にも通りに面する居酒屋や小料理屋の数々はことごとく窓や玄関扉がベニヤ板で塞がれて、既に店を閉めた後だった。実は池上線の高架が老朽化した事に伴って耐震補強工事が計画されている。それに伴なう立ち退きなのだ。
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現役時代にはそれなりに雰囲気を留めていたであろう店の数々が、今では「夢の跡」。ほんの二ヶ月前には営業していたという。もう少し早く来ていればよかったが…
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ベタな居酒屋やスナックが並ぶ中で一軒だけベトナム料理店もあったが、ここも例外なく立ち退いてしまっている。
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改めて池上線ガード下飲食街を振り返る。耐震工事の計画が進んでいるようで、警備員が常に見張っている。この建物も近いうちに取り壊される事だろう。
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夜になるとご覧の通り真っ暗である。もうこの裏通りに明かりが灯る事もないのだろうか。
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怪しげなガード下の通りを抜けると目黒川沿いを走る道に合流する。角には店舗一覧の看板が掛かっていた。「新東京会館」とはこのガード下飲食街の事だ。
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池上線のガード下にすっぽり収まる形で三階建てのビルが建っている。その正面にも「新東京会館」とある。残念なことにこのビル全体が閉鎖されていて中の様子を見る事はもう不可能だ。
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頭上には池上線の鉄橋が目黒川を跨いで旗の台方面に続いている。池上線開業当時は終着駅が手前の大崎広小路止まりだった時期があり、その頃は五反田駅まで徒歩連絡による乗り換えを余儀なくされていたそうだ。
その名残りからか、隣の大崎広小路駅はやたら近い。ここから5分も歩かないうちに着いてしまう。
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ちなみに新東京会館の隣にある「ホテルロイヤルオーク五反田」内にも飲食街が広がっている。ここも戦後のドサクサで出来た闇市商店街「五反田新開地」の跡で、一帯のバラック酒場を集めてホテルの建物内に移転させたという歴史があり実に興味深い。
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というわけでベタな戦後史が詰まった池上線五反田駅のガード下。現在では池上線の背後に雨後の筍よろしくタワーマンションがにょきにょき建設されまくっていて、かつての怪しい街並みは殆ど消えてしまった。

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東京DEEP案内の管理人です。2008年の開設以来、首都圏一都三県の街歩き情報を淡々と記録し続けております。いわゆる日陰者的物件、観光地にもならない場所、ちょっとアレな地域を見物・考察する事を趣味としております。2017年6月15日、単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を発売。
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