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横浜南太田「乞食谷戸」の現在 (1) 京急南太田駅

日ノ出町や黄金町など横浜でもかなりDEEPな街を通り抜ける京急沿線、黄金町駅のもう一つ先に南太田という駅がある。

南太田駅と言えば各駅停車が快特電車に抜かれる待避駅としか知られていなかったり、駅を降りると地味な住宅地が広がっているだけのなんとも微妙なマイナーゾーンである。
特別用事がなければ来るきっかけもない場所になぜやってきたかというと、この土地にかつて「乞食谷戸」と呼ばれる貧民窟が広がっていたという話を聞いたからだ。



南太田駅前の広場はすっかり鄙びて古ぼけた商店に囲まれた空間で、わずかながらに駅から降りる利用者は広場の隅の路地へ流れ込んで行く。

駅前広場の隅に喜楽という年季の入った中華料理屋が見える。いつの創業なのか分からないが物凄く古い暖簾が掲げられている。そういえばここと隣の喫茶店以外にまともな外食店が全然ない。

喜楽の脇から細い路地裏が続いている。南太田駅の利用者がこの路地を通勤ルートに使っているらしく人の流れが出来ている。奥の方にもいくつか居酒屋やスナックがあるようだ。

昔の貧民窟と言えば東京では四谷鮫河橋谷町が知られるが、南太田の「乞食谷戸」は、横浜はおろか東京からも多数の貧民が流れ着き暮らしていた関東最大級のものだった。明治時代から昭和初期まで続いていたとされる。
この路地裏を抜けた先のドンドン商店街から清水ヶ丘方面に抜ける谷間に広がっていたらしい。
昔の住所で言うと「南太田町字庚耕地」。

プレハブ小屋のたいやき屋台もすっかり廃墟化してしまっていて、通りがかるだけでげんなりしてしまう寂しい路地だ。

突き当たりのT字路に韓国居酒屋「韓日館」。ここを右に曲がってさらに路地を進んでいくのだ。


この付近は区画整理もきちんと行われておらず戦後のドサクサのような風情がある。まだ見ぬ乞食谷戸への期待を膨らませるかのような光景。どきどきわくわくである。

自転車が通るにも遠慮が要りそうな狭い路地裏。地元住民は当たり前のように通り抜けているが、初めて来た者の視線から見るとかなり珍しく映る。もちろんドンドン商店街へ抜ける道はここだけではないのだが、この道が一番の近道らしい。

路地裏の住人は通行人のマナーの悪さに憤慨している模様。ベニヤ板に空き缶と防犯カメラを逆さまに貼りつけてゴミを捨てるなと抗議の意思を示しているが、見た目がちょっと奇特である。

路地を抜けた先、ようやく車が通れそうな道に出られるわけだが、この先にドンドン商店街がある。意味不明なネーミングの商店街だが、南太田の町を代表する買い物拠点らしい。

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東京DEEP案内の管理人です。2008年の開設以来、首都圏一都三県の街歩き情報を淡々と記録し続けております。いわゆる日陰者的物件、観光地にもならない場所、ちょっとアレな地域を見物・考察する事を趣味としております。2017年6月15日、単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を発売。
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